日本から持ってきた、すずはらの鼻炎はなかなか良くならない。クーラーをかけているためかもしれないが、日本から持ってきた薬が残り少なくなっていて、ちょっと心配。
「そうだ!国際電話かけて、Jさんにバリへ薬、もってきてもらおう!」
「そりゃいいや。ゲストハウスの前に、国際電話できる公衆電話もあったし、やってみよう!」
と言うわけで、フロントへ電話をかけに行く。なんとインドネシアには、テレホンカードが存在していた!ほとんど日本と同じ大きさ、同じ方式の物で、もちろん買ってからかけるのだ。
「いやー、すごいねー」
感心しながらフロントで買ったテレカを試用。あっと言う間にKDDを経由して、ジャパンダイレクト、誰の手もわずらわせずに日本のご家庭に直通だ。
「あ、あのねー、私達、今インドネシアからかけてるの」
友人宅、二ヶ所にかけて、驚かせてしまった。日本はこれといった事は起きていないらしい。
「今夜でジョグジャともお別れかぁ」「楽しかったね、ジャカルタよりもこっちに多く滞在すれば良かった」
「そうだね…ああ、チケットに気付いていれば、そうなったのに…」
「これからは、ちゃんとチケット見てから、出かけよう」
「そうしよう」
明日、バリ島に出発予定の我々は、部屋で荷物の整理を始める。
「やれやれ…ずっとタイルの床に座ってたんで、冷えちゃったよ」
インドネシアの部屋の床は、大抵が真っ白なタイル張りで、水で清掃しやすく、汚れも落ちやすく、そして涼しい。
ひょいと立ち上がったら、私の腰が痛かった。
「…あれ、腰が痛いや」
「大丈夫?」
「うーん、疲れたのかな」
しばらく荷造りを続けたが、痛みははかばかしくならない。ずっと何となく痛いまま、腰に張り付いている。
「どうも良くないなぁ、ちょっとお灸してくれる?」
仕事の関係上、肩こり腰痛と仲良しの私達は、旅行先へもお灸(せんねん灸)を持ち歩くお灸愛用者である。
「どうかなぁ」
腰の痛みに効く所…と、灸をして数分後。充電中のビデオの電源を抜こうと腰を屈めたら、もう駄目だった。「…ダメ!痛い、すっごい痛い!動けない!」
とっさにベッドに倒れこんだが最後、まるで背中に焼けた板を突っ込まれたような激痛に、身動きが取れなくなってしまった。
「ぎ…ぎっくり腰かも…」
「ええっ!」
冗談じゃない。
「そんな、バカな!何でそんな…明日はバリへ移動なのよー」
最初はまだ寝返りも打てたのに、時間がたつにつれて次第に身体が動かなくなる。枕を移動させて欲しいと頼んだのに、痛みがひどくて頭が動かず、枕も取り出せない状態になる。もちろん、トイレへなんて行けない。ベッドから転げ落ちるようにして、床に膝立ちするのがやっと。それも腕が震えるほど、両手だけで身体を支えて、である。
「…もう、こうなったら仕方がない!」
緊急時になれば、人間どんな事もできるようになる。幸いな事にインドネシアには、トイレ後のお尻を洗うための、手桶が備え付けてあり、それが最後の手段となった。
「…これで、老後の面倒も見てあげられる自信がついたよ」
ああ、そんな物が、この年でついてしまうなんて、情けない。ベッドから降りるよりも、昇る方がまだマシなのは、両腕が使えるからだろうか。天井を見つめたまま、まんじりともできずに夜を過ごす。動かすと痛いのではなく、痛すぎて動かない、と言う具合である。背中の焼けた板は固まって、スケッチブックほどの大きさで背骨から腰の辺りに張り付いている。「私、いったいどうなっちゃうんだろう…」
不安だけが、全てだった。
92.10.05
どーにもなんない日々朝になったが、伊吹の具合は良くなってはいなかった。昨日と全く同じ状態である。
「どうしよう…」
「うーん、とにかく医者を呼んでもらおう」
「保険入ってて良かった…AIUのサービスに電話して、あと、今日待ち合わせしていたマユに連絡しなくちゃ。ウダガワなら、もうバリに入ってるはずだから、ウダガワに連絡つけてマユに伝言頼んで。それと、飛行機は…どうなっちゃうのー」
「ああ、もうとにかく寝てな」
いつもは私が細かい事を全部やっているので、心配で仕方がないが、どうすることもできないのだ。動けない私は、全てをすずはらに任せるしかない。真っ白な天井をにらんだまま、時間だけが過ぎてゆく。本当は今日の昼前にチェックアウトする予定だったので、とりあえず延泊を申し出てもらい、朝食は部屋に持ってきてもらった。
「こんな事になっても、お腹はすく…」
とても情けない。トイレに行く回数を減らさなければならないので、水物はできるだけ避けて、トーストと卵だけを食べようとしていると、ドクターが部屋の戸を叩いた。かなり貫禄のある、地元のドクターは、とても長い綴りの名前をしていて、覚えきれなかった。
「腰が痛いんですー」
「昨日、立ったら、痛くて、動けなくて、起きられなくて」
インドネシア語と英語のチャンポンで、何とか病状を伝える。とにかく、患部を見せるために寝返るだけでも、気が遠くなるほど痛い。症状を見てくれたドクターは、おもむろにうなづくと、何か言った。ぎっくり腰って、インドネシアにもあるのだろうか。ドイツには、ちゃんとあるらしい事は判っている。ドイツ語で(魔女の一撃)と言うと、ぎっくり腰の事になるそうだ。
「いつになったら、動けるようになりますか?」
「んー、I don'know」
お尻に注射され、とうてい喉を通らないような、巨大な白い薬をもらって、数時間ごとに飲むようにと、何度も指示された。
「今日は…とっても動けそうにない」
「そうだねぇ」
枕をはずしてもらおうとしたが、頭を持ち上げる事すら出来なかった。枕は頭とベッドに挟まれたまま、微動だにしない。身体中の運動機能が、全て腰に重心をもっている事が、やっと判った。動くのは肘から先と、膝から下の一部分のみ。内臓と顔も無事だが、他は全くの役たたずになってしまった。
「バリに行ってるみんなに、連絡して…」
「もう宇田川は、あっちに行ってるはずだから、何とか連絡とってみる。ホテルの電話番号も判ってるし」
すずはらはそう言うと、フロントまで電話をかけに行った。
動けない私には後にすずはらから聞いた事しか判らないので、彼女の日記を元にして、この先しばらくは書く事にしよう。この先三日間、私にできる事と言ったら、ただただ眠る事だけ…。
昨日そうしたようにすずはらはテレカを買い、バリサマーホテルへと電話をする。だが、宇田川と言う人はこのホテルにチェックインしていない、と言う返事。
「何がどうなっているんだ?」
次に日本のJさんにTEL。
「とにかく、マユちゃんに連絡つけたいの、TELを入れて欲しい…」
と、ここでカードが終わってしまった。国際電話はほんっとうに金食い虫だ!
予備に買っておいたカードは、なぜか戻ってくるし、ガードマンは電話は故障だろうと言うし…すずはらは頭がくらくらしてきた。しかたなく通りの先のホテルまで、てくてく出かけることにした。
暑い。
一人で炎天下のジャワを歩いていたら、急にすずはらは不安がこみあげてきた。
「ここが日本じゃないなんて。せめてジャカルタだったら、プレジデントホテルだったら。そしたら日本語も通じるし、医者だって…」
たどり着いた電話で、カードの方が不良品だと言う事を確認、また炎天下をてくてく歩いて戻ってくる。一人で歩いている観光客を狙って、ベチャドライバーがやたら声をかけてくる。しつこくて仕方がない、断るのも面倒で、いらいらする。こっちがこんなに不安で困っていると言うのに、うるさいったらない。
フロントでカードを取り替えてもらい、再びJさんに電話をする。ところがJさんは外出した後だった。一時間後に戻ると言うので、しかたなく部屋へ戻った。もうくたくたで、しばらく昼寝。食欲もなく、ただつらいだけ。一時間後に起きて、もう一度Jさんに電話をすると、またしても外出した後だった。今度は夜遅くまで帰らないと言う。こうなったら、家の人に伝言するしかない。もう、後は待つ一方になってしまった。
飛行機が出る。
おり悪しくも、フライト時間ぴったりに、ゲストハウスの屋根の上を、轟音と共に飛行機が飛び去っていった。本当なら、私達が乗ったはずの飛行機なのに…。そう思ったら無性に悔しくて、悲しくて、情けなくて、おまけに理不尽で、動揺した私は泣き出してしまった。受験に落ちた時、もしくはハートブレイクした時、みんなこんな気分になるのかもしれない。自分ではもうどうしようもない、壊れてしまった何かに手を伸ばしたくなる時。
すずはらが何とか慰めてくれようとするが、何を言われても、こんな時は何の慰めにもならない事を知る。もう飛行機は、行ってしまったのだ。二人でわんわん泣きながら、すずはらにはまた不安が募ってきた。もしこのままずっと動けなかった場合の移動方法、チケットの手配、その他諸々、どうすればいいのか。インドネシアのAIUオフィスに音信がない以上、シンガポールに電話をしてみるしかないだろう。
「今日、何度この電話を使ったのかなぁ…」
すっかり慣れた銀色の電話に、すずはらはカードを差し込む。
シンガポールオフィスへは通じた。保険会社はちゃんとしていたようだ。こちらのTELナンバーを伝えて、かけ直してもらう。電話口の女性の、柔らかな日本語が、すごく嬉しかった。一通りの報告をして、シンガポールの医者の返事を待つ事にする。
二人とも、誰かの指示をもらえて、少し安心した。未知なるトラブルにぶちあたった時は、やはり先人の言葉が支えになる。トイレを楽に済ませるために、バティックを買いに行ったと言うのに、みやげ物のいい加減な物しかなくて店の人にあたったり、ベチャの上でべそかくなんて、誰が想像していただろう。
それにしても、そうしてまでして買ってきたバティックは、見事なまでに粗悪品だった。おまけに中央でぶったぎってあって、普通の半分の長さしかない。これははっきり言ってだまされた、と言っていいでしょう。ベチャに連れていかれる店は、これだから信用できない。
AIUから再度のコール。フロントに呼び出しを頼んでおいたので、下からお兄さんが呼んでくれた。すずはらは走ってゆく。ゲストハウスは部屋に電話が無いのが難点だ…が、私達は今までホテルの電話なんて、一度として使った事などなかったのだ。シンガポールの専門医によると、とにかく安静にして、二,三日様子を見るしかないようだ。ぎっくり腰は時間さえかければ、確実に回復するらしい。旅先ではままある事で、生活が変わった疲労が腰にたまって、一気に出るらしい。けれども、何とか治って旅を続けた人もいるそうだ。良かった。まだ、本当に良かったとは言えないけれど、少し安心した。
その後JさんからTEL。あらためてこちらの様子を伝えると、ぎっくり腰の処置法を調べて教えてくれた。それに従って、手伝いを頼んで私を床に降ろしてもらい、固い床に毛布を敷いて寝る事にする。腰には冷湿布をベタベタ張った。腰に負担がかからないよう、枕を外して足を固定…楽になった。が、フロントスタッフは、腰から膝下までをひもでぐるぐる巻きにした、日本式のやり方を見て驚いている。当たり前だ。日本へ帰って調べたら、すずはらが思いこんでいたやり方は、完全な間違いだったと言う事が判った。足を巻いて動かなくするのではなくて、患部を中心にして、上下にしっかりと布を巻き付け、筋肉が動かないようにしなくてはならないのだった。間違った日本を教えてしまった…。
夕方、再び宇田川とマユに連絡をつけようとする。国内電話だからと、度数の少ないテレカを買って、まずサティバ・サヌール・コテージへ電話を入れる。ところが、全くつながらない。ガイドブックの電話を回しても、全く通じず。エリアコードを回しても駄目。次に宇田川のバリサマーホテルに。
やった!出た!
「どーしたの、何があったの!」
宇田川も心配していたようだ。こちらの状態を説明し、あと三日ここにいると言う事を、マユに伝えてもらうように頼む。あわてていたので、宇田川の名前が、ホテルにチェックインされていなかった事と、ぎっくり腰の経験があるのかどうかを聞き忘れた。しまった。明日の夜七時に、また電話する約束をすると、さぁ、ナイトパサールへ出撃だ!
ベチャドライバー達は、すずはらが一人なので足もとを見ているのか、なかなかマリオボロまでの往復を、RP1,000で承知してくれない。こっちは SICK IN BEDの友達のために、夕食を買いに行くんだ、ゆずれるか。ようやく一人のベチャがOKした。ベチャくんは、マリオボロの一歩手前に自転車を止めて、自分も一緒にしいてゆくという。逃げたりしないのにな。車道を渡る時に手を引いてくれたり、アーケードの人混みを抜ける時に肩を抱いたりして、少しなれなれしいゾ。
マタハリデパートでミルクと水、コーラ、ペンを買って、外の夕べと同じ屋台でケーキとマルタバックを買った。薬屋さんがいっぱいあったので、湿布はどうしようかと迷ったが、とりあえずやめておいた。ベチャくんは、すずはらにダーリンがいるかとかも聞いてくる。
「いねーよ、悪かったな。ホテルの友人は女の子だよ」
すずはらの住所を聞いてきた。手紙を書くと言う。(そんな手紙など、来たためしがない)早く帰りたいのに、トロトロこぎやがってと、イライラしてくる。すずはらは夜のパサールに、すごく緊張していた。かなり焦ったし、バタバタしたしすごく情けない。一人だと恐くて落ちつかないし、どうしようもない。まるでパンツをはき忘れたみたいだと言って、私に大笑いされる。
ホテルでマルタバックを食べて、九時にはすっかり疲れて眠った。明日はガルーダのオフィスに行って、変更の手続きして…少しでも伊吹の腰が治っていますようにと、すずはらは祈る。
朝六時ごろに目が覚める。朝食の予約をしていなかったのを思い出して、今朝も部屋で取る事になるし、フロントに頼みに行った。私は少しだけ身体を起こせるようになり、さらに一人で座れるようにもなり、そしてトイレにもちゃんと行けるようになった。よかった、これならもう一日休めば、バリにも行く事ができるだろう。
「ようし、ガルーダのオフィスに行って、チケットを変更するぞ!」
AIUにその事を連絡したところ、もし飛行機がどうにもならなければ、手配を手伝ってくれると言う。そして、ドクターの診断書を提示すれば、何らかの配慮があるはずだから、持ってゆく事を指示された。
伊吹の湿布を取り変えて出かける。昨日より、やや涼しい。ところが乗ったベチャは、ガルーダのオフィスまでと言ったのに、またマリオボロの入口で降りろと言った。
「チクショー、嘘つき!中年のベチャドライバーほど悪どいぞ」
ホテルでくれた地図を忘れたので、道をききながらマリオボロを歩くことにした。
「たしかナトゥール・ガルーダのそばにオフィスが無かったかな」
途中で湿布の買いたしなどをしながら歩いたが、さすがに歩くには遠い。ベチャを降りた時に、隣りでガルーダ・オフィスまで乗ってけと言っていたベチャを断った事を、少しだけ悔やんだ。どうやらベチャには、かなり厳しい縄張りがあるようだ。なかでもマリオボロにたむろしている連中は、タチが悪いのが多い気がする。ここが一番の稼ぎどころだろうから、ショバ荒らしを許さない、といったところか。
ナトゥール・ガルーダホテルで、大変美しい制服のドアボーイ(カメラ持ってくればよかった!)にガルーダオフィスの場所を尋ねる。教えてくれたのは、ガルーダのエージェントだった。そこでヘッドオフィスの場所をききなおす。
「線路を越えて、四百メートルほど行ったところか…それぐらいなら歩こう」
…しかし、ほぼ一直線とはいえ、2/5 は長かった。やっとのことで、オフィスを見つけた時は、思わず
「あったー!」
思ったより小さなオフィスはすいていて、端のカウンターの、デスクワークしかできそうにない、まつげの長いかわいらしいお兄ちゃんに、事情を説明して、チケットと診断書を見せて待つ。すずはらのその時の顔は、不安に引きつっている、もしくは席くれなきゃ許さない、といわんばかりに睨んでるような顔だったんじゃないだろうか。何分かの後、OKがもらえた。
「え?お金いらないの?ラッキー」
八日の同じ十二時ちょうどの便が取れた。ジョグジャに来た時といい、ガルーダはなかなか太っぱらだ。
うきうきしながら外に出て、一時間RP500でいいと言うベチャに乗る。伊吹に頼まれた本や、お昼を買って、さぁゲストハウスへ、と思ったら、こいつのマリオボロの外へは行けないと言う。
「またかよ、ちくしょー!嫌いだっ、ベチャなんて」
だけど約束の金を値切るほどの気力は、もう残っていなかった。ガルーダのオフィスで使い果たした、すずはらのなけなしの気力…。何とかそれでも戻ってきて、近所のレストラン兼何でも屋、シムコレストランでドリンクとアイスクリームを買う。ここのおじさんはふくよかで、愛想がいい。華系かな。
久しぶりにベッドメイクと部屋の掃除を頼んだ。伊吹は少し風邪気味らしい。でも、風邪薬は持ってない。いつも熱っぽいのに、体温計を忘れたのは痛いなぁ。明日は風邪薬を買ってこなくては。サロンパスもどんどん使っているし。シャワーを使いたかったが、この部屋のシャワーは、なぜか昼時になると断水になるのだ。
ところで戻ってみたら、止めたままのクーラーが動いていた。誰かに付けてもらったのかと思ったら、伊吹が自力で椅子に昇って、タイマーをはずしたのだと言う。
「すっごい、時間かかったし、苦労したんだよ」
あきれたけど、すずはらは嬉しかった。だいぶ回復したという証拠だからだ。
夕方AIUに最後の報告をする。ここのスタッフには、ずいぶん勇気づけられた。バリで様態が悪化しなければ、この一件はこれでクローズ。
「ありがとう、AIUのえのもとさん、お世話になりました」
その後、バリサマーの宇田川に電話したが、やはり名前を言ってないらしく、そういう人はいないと言われ、仕方がないので伝言を頼む。向こうからの電話を待つしかない。マユ達がいるはずのサティバサヌールへの電話は、相変わらず不通。
さて、夕食を買いに再びマリオボロ通りへ。もうすっかり道も覚えた。マタハリデパートでマニキュアを仕入れたかったので、ふんぱつしてドッカルで行く。馬はインドネシア語で、ウダと言うのだ。ドッカルはマタハリのすぐ脇の路地に着いた。
2Fの化粧品売り場で、マックスファクターのピンクのマニキュアを10%オフで買う。次は伊吹のリクエストの、カリフォルニア・フライド・チキンへ。スープとチキン、フィッシュフライとポテト。ケンタはもっと先にあるらしい。けっこう歩いたなぁ。帰りのベチャもすぐつかまった。昨日よりずっと気持ちも落ちついている。伊吹の言うとおり、あせった時ほどわざとゆっくり動いてみるといい。伊吹の洗髪を予定していたが、伊吹が風邪ぎみなので、明日の昼に変更した。夜、久しぶりにきちんと入浴して髪を洗った。さっぱりしたー。
九時過ぎ、十時前には二人とも床についたが、夜に伊吹が熱で熱くて寝苦しいと言う。蚊取り線香をつけて窓を開け、やっと寝つけた。
1992.10.07
朝六時ごろに、私は目を覚ましたが、まだすずはらは眠っている。声をかけても起きないので、手を伸ばして足の指をつかんだら、悲鳴を上げた。
「あー…びっくりした」
「すまん、トイレなの」
随分歩けるようにはなったが、まだちょっとつらいようだ。そのまま、まだ早いからとベッドで二人ともごろごろしていたら、電話が入った。すずはらが寝巻きのまますっとんでいってみると、宇田川だった。交換を通してきたせいで、ロクに話もできずに切れてしまった。しかたなくロビーでしばしまつ。サティバ・サヌールの電話番号を電話帳で調べたら、乗っていた。焦っていたので、五分も待てずにこっちからかけようとして、すずはらは部屋にメモを取りに戻った。
部屋にいたボーイさんに、
「明日出発するから、病人と荷物を降ろすのを手伝ってね」
とすずはらが頼んでいると、またコール。再びダッシュ。
朝食の後、伊吹のお使いで今日は郵便局へ行かなければならない。伊吹の読み終わった本と、持ってきた浴衣を船便で送り返そうと言うのだ。やっと1,200RPでOKしてくれたベチャの兄ちゃんは、ボクシングでもやっていそうな体育会系。英語は話せるので、道中いろいろおしゃべりをする。きちんと学校も出たんだそうだ。でも、ベチャ乗りのような仕事しかないんだそうだ。ジョグジャカルタは、観光地への中継地、と言うだけではわりと寂れているし、産業とかもあまり豊かではない感じだし…。
ポストオフィスに着いた。ベチャ乗りのお兄ちゃんが、一緒に来てくれる。右往左往しているすずはらをみかねて、色々と面倒を見てくれた。梱包を頼もうと、デスクにいこうとしたら、外にいた私製梱包屋につれてってくれた。ありあわせのビニールシートと紐を使って、畳針のお化けみたいなので回りをぐいぐい縫いつける。早いし安い。中のオフィスでやったら、RP2,500かかるところをRP1,000でやってくれた。宛名カードも、ベチャ乗りの彼が持ってきてくれた。書き方がわからなくてまごついていると、書き方の例も持ってきてくれた。気が利くなぁ。
*SEA MAIL RP27,800
やっとSEA MAILを出し、次の目的地ナトゥール・ガルーダへ。ベチャは縄張りを避けて、大通りを迂回する。途中でその辺の人に道を聞いているうちに、止まっていたベチャがずるずるっとバックしはじめて焦った。彼は度胸良くマリオボロ通りの中を走ってくれたが、ナトゥールガルーダホテルの少し前で、さすがにストップした。
「ありがとう、ここまでで十分だよ」
と彼の親切に感謝して、チップを少しはずんだ。彼はこの辺りのベチャには注意をしろ、みたいな事を言っていたようだ。彼とは、握手をして別れる。今まで会った中で、一番ナイスなベチャドライバーだった。
ホテルでトイレを借りて、絵はがきを日本に送る。足りなくなったハガキを買いたした。マリオボロ通りをまた歩いて、湿布の追加とお昼のおかず、カリフォルニア・チキンのハンバーガーを買う。喉が乾いていたので、コーラを一瓶、400RPってのはやっぱり安い(25円ぐらい)
途中の銀細工店に、ガムラン楽団のミニチュアセットがあって、うっとり見とれてしまったが、買って帰ってもうちの人形とはサイズが合わない。ひとそろいなんて、飾っておく所もないし、あきらめた。帰りのベチャは珍しく500RPでOKしたが、こんどは道を知らない。バードストリートから王宮前広場を通り、山羊が草をはんでいる脇を通って…と思ったら、ベチャは回りに道を聞き始めた。
「もう!」
結局元の大通りに出て、すずはらの道案内でやっと宿に到着した。
宿のそばの店(SIMCO)と言う名前の雑貨屋兼レストランで、テイクアウトができるかどうか、聞いてみた。
「ノープロブレム・テイクゴーOK」
「じゃあ、また後で来るから、よろしくね」
宿に戻ると、ロビーは団体の到着でごった返していた。
「ところで何が食べたい?」
「メニューがわからないとねぇ」
「じゃあ、書き写してくるよ」
後ろでは部屋のお掃除、二人はお昼ご飯。
「食事が終わったら、髪を洗いたいんだけど」
「そうだね、もうずっとお風呂に入ってないし…せめて髪の毛ぐらいは」
と言う事で、伊吹の髪を洗うことになる。バスタブの外側に座って、床屋さん方式で前かがみに髪の毛を洗う。さすがに三日も放っておかれたので、汚れていてなかなか泡が立たなかった。家で飼っている猫のように、激しく洗ってタオルでふく。すごくさっぱりした。
その後で約束通り、レストランにメニューを写しに行くと、そこのおじさんは喜んで相手をしてくれて、自分の持っている日本語の本(文芸春秋と岡っ引きどぶ)を見せてくれた。小さいけどメニューは豊富な店で、チャイニーズ・イタリアン・インドネシアンフードがとりそろえてある。一通り写して、アイスを買う。今日は暑い。おじさんが日本語でアイラブユーってなんて言うのか、と聞くので教えてあげる。
さて、明日でこのデュタ・ゲストハウスともお別れだ。記念にあっちこっちの写真をすずはらはとりまくる。フロントのお姉さん達が、ぜひ送ってくれと言ったが、実はまだ送っていない。焼き増しはしたんだけどなー。
この広いゲストハウスの奥はまだ建築中で、すずはら達の部屋から見える庭の塀も、ただいま工事中だった。でも伊吹が養生している三日間に、ほとんど完成してしまったようだが。撮影から戻ってきて、午後ゆっくりと荷物の整理をした。いよいよ明日は移動するんだなぁ…。
夕食はテイクアウトも可、のSIMCOのステーキセット&ナシゴレン。お店のマスターに、セクシーだのビューテフルだのと、日本では絶対に言ってもらえない言葉でくどかれながら、なんとかもらってきたご飯は、けっこういけた。でもちょっとスープが辛かったかな。
スープはなんとビニール袋詰めで、下のダイニングで食器を貸してくれるように頼んだ。ダイニングのお姉さんが何か言うので、なんだろうと思っていたら、皿じゃなくてカップはいらないのか、とたずねていたのだった。二度も足を運ばせたので、お姉さんはちょっとむっとしていた。お碗の事は、インドネシア語でMANGKOと言うんだ。もう絶対に忘れないね。
ジョグジャに着いてからというものの、ずーっと雨が降っているし、お正月に引いたおみくじは、南西方向は凶運と出ていた。
後でわかった事だが、今年のジャワ島は異常気象で、低温と雨が一年中続いていたらしい。せっかく備え付けられているゲストハウスのプールも、こんなに気温が低くては、誰も泳ごうとはしない。
明日は本当に、無事にバリに行けるんだろうか。
2HG36 フィルム RP9,250
現像一本 RP2,000
焼き付け一枚 RP 300