マリオボロ通りへ行こう

すずはらはもうここで、すっかり疲れてしまったようだ。体調も最悪の時期を迎えて、自由が効かなくなっている。溶けたように車内で眠り続けるすずはら。一人では、おしゃべりもできなくてつまらない。仕方がないので、私も眠った。はっ、と気がつくとすでにホテルに到着していた。部屋に戻るなり、すずはらはベッドに倒れこんで、本格的に眠ってしまった。取り残された私は、何もやる事がない。本当はこのまま街へでも行って、夕方の繁華街を見てきたいと思っていたのだ。時間かせぎにホテルの中を見学しても、高級ホテルじゃあるまいし、見る所なんてたかがしれている。プールで泳ぐには寒すぎる、ベランダで本を読むには本がない。部屋でじっとしているのは、まだ興奮している心には、退屈で仕方がない。
「しょうがない、とりあえずシャワーでも浴びるか。しばらく眠れば、復活するだろう」
私も昼寝でもしようかとも思ったが、車の中でずいぶん眠ってしまい、眠気は全く無い。黙って一人で出かけるのも、かわいそうだし…。シャワーを浴びて時間をつぶし、しばらく待ったがすずはらは起きる気配がない。一時間たっても、全く変化がないので、さすがに痺れが切れた。このまま一日が終わってしまうなんて、つまらない。すずはらを揺すって起こしてみたが、自分はとても起きられそうにないから、一人で出かけたらいい、と言う。
「だって眠いんだもん」
「だったら、先に言っといてよ。ずーっと部屋で待ってたんだよ」
「しょうがないじゃん、身体が言う事きかないんだから。私だってでかけたいんだよ」
「じゃ、起きる?」
「やだ、寝る」
「じゃあ、一人で出かけるよ、八時頃には帰るから」
ベッドでごろごろしているすずはらを置いて、出かける。昨日の街の様子から、女の子が一人で歩いても、さして危険はないと確信している。まぁ、歌舞伎町とか経験していれば、静かな繁華街だ。イスラム系だから飲み屋とかは、観光客オンリーだし。
プラウィロタマン通りのベチャは、観光客擦れしていてタチが悪い、と聞いてはいたが、確かに誰も彼もがふっかけてくる。五百ルピアも出せば、十分な運賃を、二千ルピアとか五千ルピアとか、冗談にもならないボリ方だ。でも、わざわざ大通りまで歩いてゆくのも何なので、その辺のベチャと交渉する。外国語で一番最初に覚えなければならないのは、(幾ら?)(高い!)そして(数字)だと思う。せっかく値切っても、向こうが言った数字を聞き取れなければ意味がないし、数字が判らないからと、勝手な値段を回りの人間が吹き込む事だってあるからだ。そして(ありがとう)(こんにちは)(さようなら)などの、日常のご挨拶。日常生活では、「これはペンです」なんて、一生言わないぞ。
ベチャに飛び乗り、メインストリートのマリオボロ通りへ。一人だけだと結構早い。でも、車の排気ガスが臭くて苦しくて、たまんないなぁ。何度もゲホゴホと咳込んでしまう。排気ガス規制もなく、野放し状態の車の排気ガスは、町をうっすらと灰色に変え、次第に黒ずんだ壁や窓を作り上げてしまう。ベチャは乗る車によって、全然違うルートをたどってマリオボロ通りへと向かう。どうやらショバが決まっているらしく、まっすぐ行けば近いはずの所を、ぐるりと遠回りしてゆく。最初の交渉で値段は決まっているのだから、わざとではないはずだ。大通りを回る物あり、裏通りの安宿街を通る物あり、坂の下を通ってゆくものありと、乗る度に色々な風景を楽しめる。特にベチャは、客の目の前を遮る物が何もないため、眺望はとても良い。
一人で出てきたジョグジャの町は、夕方の買い物に来ている人々でごったがえしていた。どこの町へ行っても、必ずお気に入りになるスーパーマーケット、今回はマリオボロ通りで一番高級品を扱っている、マタハリデパートが気に入った。高級品と言っても、ブランド物がある訳ではなく、品ぞろえが豊富で値段がちょっと割高だと言う事だ。こっちの叔母様方はふくよかな人が多いし、外人なら大抵お尻が大きい…これなら大丈夫かも、と思って昨日露店で買ったバティック製のロングパンツは、残念ながら私の特大ヒップを包むには小さすぎた。
「何か、普通に着られる服はないかなぁ」
上半身はともかく、問題は下半身だ。日本じゃためらうような、派手な柄のついた短パンも、ここで見るとちょっとエキサイティングなムードにすぎなくて、なんとなく誘われる。女性用品売り場にディスプレイしてあった、膝たけほどのホットパンツを降ろして、店員に尋ねる。
『これ、試してみてもいい?」
試着室もちゃんとある。さっそくトライしてみると…やった、ラッキー、お尻が入ったよ。と、言う事は、当然ながらウエストはクリアしていると言う事。これなら買っても、安物買いの銭失いじゃない、旅行の間ずっとはけるし。白地に赤やオレンジの旗が散っている、プリティな短パン。服をあさった後は、一階奥にある日曜雑貨と生鮮食品の売り場に向かう。昨日も見たけど、何度見てもスーパーの売り場は、心が豊かになる気がする。野菜に肉にお菓子に…あ、そうだ、洗濯洗剤と電球も買わなくちゃ。何も買わないつもりだったのに、ついつい篭には物が増えてしまう。うーん、無駄使いしてしまった。
宿に戻ってくると、やっとすずはらは目を覚ましていた。私が戻ってくるちょっと前に、アフタヌーンティがケーキと一緒に部屋に運ばれてきたと言う。アフタヌーンティと言うよりは、3時のおやつ、お茶とお茶受けのお菓子といった感じ。ガラスのコップになみなみとジャワティー。
「ステンレスの受け皿と蓋付きのお茶は、ほこりが入りにくいし、冷めにくくていいね」
「どっかで売ってたら、買って帰ろう」
おやつは小さなふかふかの、甘いロールケーキ。美味しくベランダでいただいているうちに、すっかり陽が暮れてしまった。買ってきた100ワットの電球を、部屋のライトと交換すると、たちまち部屋はピッカーと明るくなった。壁と天井を塗り変えたばかりの私達の部屋は、ちょっと漆喰臭いが白くて綺麗なのだ。つけかえる前の電球は、なんと20ワット。近視の上に、明るい日本の夜に慣れた目には、ほとんど何も見えないに近い。持ってきた電灯は、メインドインチャイナの得体の知れない豆電球一ヶついただけのカンテラだし、これじゃ捜し物もできない。
今夜はどこで何を食べようか、何か芸能関係も見たいし、でもあんまり遠くまで行くのは、お腹が持ちそうにない。近所のハヌマーン・フォレストと言うレストランでは、毎日何がしかのショーをやっているらしいと聞いた。では、今夜はそこにしようか。
ハヌマーン・フォレスト・レストランは、プラウィロタマン通りに面した、ちょっと奥まった場所にある、小さなレストラン。入口はまるで日本の長屋の入口のようだけど、中にはいるとステージの回りにテーブルが並んでいる。 今夜のプログラムは、ラーマヤナ・ダンス。近くにデンサーの学校もあると言う、ジョグジャカルタのダンスはどんなものだろう…。
頼んだ食事は、ジョグジャ名物のグデゥのセット。ジャックフルーツや、水牛の皮、チキンにその他色々な物を煮込んで作った、いっけん佃煮、味も甘めでやっぱり佃煮のよう。でもやっぱり南国の食べ物、不可思議な香りが漂ってくる。ライスに乗せて食べると、これが結構イケル。インドネシアのお米は、日本の物ほど粘っこくはないが、アメリカやインドの米のようにパサパサポソポソではない、ちょうど中間のようなテクスチャーだ。こうして食べると、ますます佃煮ご飯のようだ。
ダンスは、青年ダンサーとおじさんのダンサーが、竹で編んだぺったんこの馬にまたがって、ステージ一杯に飛び跳ねている。すずはらは、青年の方の筋肉がとても美しいと、大喜びしている。ほんとにあんた、筋肉好きね。このダンスは二人組で、常に年寄りと若者のペアで踊らなくてはならない、らしい。何だかエッチだなぁ…と思っていると、馬のダンスは終わった。後に出てきたのは、背中に矢筒を付けて弓を持った女性だった。このスタイルは、おみやげ屋さんの人形で見た事がある、誰なんだろう。3種類のダンスが終わる頃、食事も済んだ。外人客はまだまだここに居るつもりらしいが、私達はそろそろ席を立つ事にする。それでも1時間半もここに居たんだもんなぁ、欧州・豪州の人は食事するのが、長いわー。
食事の後は、またまたマリオボロ通りへと…。私の話を聞いて、すずはらも行ってみたくなったのだそうだ。一人で行くより、二人で行った方がずっと楽しいに決まっている。ネオンは無いけど、夜のジョグジャカルタは結構明るい。夜店も出ているし、夕方はまだ店開きしていなかった、露店の宝石屋も明々とランプをつけて営業中だ。マリオボロ通りと大統領官邸の四つ角、郵便局のある道の対岸に、露店宝石屋は場所を構えている。帰り際に見た時に何だろうと思ったのだが、宝石屋(宝石、と言うより貴石)はみんなお揃いでブルーのサテン地で作った、民族衣装のような物を着ているのだ。服や帽子の刺繍も金で施してあって、これがまた派手できれい。宝石屋さんにはふさわしい出で立ちだ。
ベチャはちゃんと説明したにも関わらず、マリオボロ通りのはずれにある、ワヤン・クリット(影絵芝居)の会場に私達を連れていった。どうもそこがベチャ溜まりにもなっているからだったようだが、ここから目的地までは、ちょいとばかしあるのだ。
「嘘ばっかやってると、帰りに乗ってやんないぞ」
と言いながら、通りを歩き出す。その途中で、ありあわせの木切れを使って、ちょっとエスニックな人形の家具を売っている露店を見つけた。焦げ茶色の板と朱色のマットレスの色合いがグッドな、小さいベッドとソファ。
「ねぇねぇ、ちょっと待って!」
すずはらが足を止める。ジェニータイプの日本人形を愛しているすずはらは、彼女達にふさわしい物には、目が無い。それに日本のジェニーフレンド達にも、おみやげがあれば…と思っているからだ。
『いくら?え、そりゃ高いよー』
門前の小僧、ではないけれど、私のたどたどしいインドネシア語を聞いているうちに、すずはらも多少は言葉を覚えたようだ。これぐらいの交渉なら、ちゃんと自分で出来る。
『よーし、買った!』
商談成立、なぜか周囲を囲んでいた野次馬達も、一緒に歓声を上げて商談成立を祝ってくれる。新聞紙でぐるぐる巻きにされて、ベッドはすずはらの物になった。
夜の露店は、昼間のおみやげオンリーの店構えとは異なり、地元の人向けの様々な物が売られている。安い服とか、ベルトとか…。さっき見た、青いサテン地の服を着ている宝石露店に行こう、と言う事になって、記憶を頼りに歩いていった。大きな通りを渡ると、さっきは黄昏に並んでいた屋台が、カンテラの光の照らされて、闇の中に点々と浮かんでいる。灯油を使っているらしいカンテラ・ランプは、日本ではちょっと見られないオールドタイプ。でも、信じられないほど明るい。すずはらは昔バリで買った、銀の指輪の石を落としてしまったものを、ずっと持って歩いていたので、ここで何か石を入れようと言うのだ。石は様々な物がそろっていた。トルコ石、ガーネット、水晶なら紫、黄色、ピンク、孔雀石にラピスラズリ。すずはらが選んだのは、薄く曇ったムーンストーンだった。小さな石が欲しかったのだが、大きな物が主体なために、かえって小さな石の方が見あたらない。
『おっちゃん、まけてよ』
『あかん、それでせいいっぱいや』
たいした値段でもないのに、つい値切ってしまった。ちょっぴり下がった所で止まったまま、下がらない。何軒もある露店を冷やかして歩いたが、結局最初の店の物が、一番小さくて安かった事がわかり、引き返してきて石を入れてもらった。乱暴に指輪の足をひねり回して、ムーンストーンを入れたが、まっすぐに入らず、なんだか歪んでしまった。ちょっと変…。
その後ぐるっと回って散歩して、戻ってきたらすずはらがトイレに行きたくなったと言う。
「困ったな、このへんにはデパートないし、あったとしても、もう閉まってるよ」
「緊急時だ、仕方がない!その辺のお店のトイレを借りよう!」
マリオボロ通りの一番はずれ、欧米人観光客が食事をしている小さなレストランに入って、トイレを貸してくれと頼んだ。日本なら、トイレだけはちょっと…とか言ってやんわり断られる事も多いのに、親父さんは快くトイレに案内してくれる。
「ほんとにありがとー、こまってたんよー」
カタコトのインドネシア語でお礼を言う。ついでなので、そこで水を買った。冷蔵庫を開けると…冷気で涼んでいたのかゴ※※※が、バサタタタ。
「※※※※!」
悲鳴を上げそうになったが、ここで騒いでもしかたないもんね、とあきらめて一歩下がるだけにしておいた。ふぅ。

第五章 王宮の町・ソロ

92.10.04   

今日はソロ観光だ!昨日ゲストハウスのカウンターで予約したタクシーで、ソロへと向かう。ロビーのお姉さんは親切で、時間超過した時の値段も、ちゃんとメモしてくれた。タクシードライバーのおじさんは、結構陽気で、英語もちょっとだけ出来る。さぁ、今日はひさしぶりに天気が良くて、太陽が見える。ソロへ行く途中、ドライバーのおじさんと話すが、なかなか単語が思い出せなくて悩む私。インドネシア語は会話集よりも、単語帳の方が実際の役に立つような気がする。単語さえ判れば、何とか意志が通じるのが、インドネシア語のいいところだ。
ジョグジャカルタがインドネシアの京都なら、ソロは奈良と言う感じ。昔昔の、古い都なのである。観光客も外人より、国内旅行の人の方が多かった。ソロには二つの王宮があって、そのどちらもが現在使用中。さすがに使用中の建物は、中に居る人間の生気を受けてか、生き生きとしている。特に最初に入ったマンクヌガラン王宮の展示室にあった、家宝の短剣は何か力を感じるほどの物。今でも毎月お参りをかかさないそうだ。写真を取ると、祟りがあるとか!今月のお参りは済んだ後だとかで、ひからびた白い花がケースの上に乗っていた。剣に力があると言う認識は、日本人なら良く判る感覚だ。
壁にぎっしりと並んだトペンの面も、妖しく見えてくる。儀式の部屋に陳列された宝物は、どれもが精巧で美しい物ばかり。男女の貞操帯と言う、ちょっと笑える物もあったが、代々伝えられた美術品は、一見の価値ありだ。
中庭は光がさんさんと差し込む、美しい植物の楽園。花バナナと呼ばれる植物が、ちょうど花をつけていた。薄い緑の大きな葉が、赤と黄色の花に映えて、とても美しい。飼われていた雌雄のインコは、ガイドのお兄さん(日本語)にすっかり慣れているらしく、とさかを立てて指にすりすりしてくる。可愛い!
もう一つの王宮、カスナナン王宮には、国内旅行のツアーがいっぱい居た。ドライバーのおじさんが、道を間違えてしばらく白い塀の間をぐるぐると回り、炎天下の駐車場に到着。ところが、そこは駐車場ではなく、中庭だったのでした。仕方がないので、そこから入場チケット売り場まで、裏道を歩いて戻る。
「あれ…猫?」
その途中にあった、バラックのような家の裏に、小さなケージが設けてあり、中には2匹の猫科の子供が…。
「ねぇ、これ猫(クッチン)かなぁ」
「それにしては、でかい足…それに顔もちょっと違う」
猫を取り囲んでいると、家の中からおばちゃんが現れた。いきなりケージを開けて、二匹の謎の小猫をつかみだす。
『おばちゃん、ほんまにそれ、猫かね?』
『そうや、猫じゃよ』
おばちゃんは猫だ!と言い張っていたが、冷静になって写真を見てみると、どこが猫だ!こいつは豹じゃないか!と言う小猫だった。
「売られちゃうのかなぁ」
「まさか、中国じゃあるまいし、食べたりしないよね…」
買いたい、と言ったら売ってくれたのだろうか?でもサンフランシスコ条約で、完全にひっかかるに違いない!環境問題を考えてしまった瞬間だった。
カスナナン王宮の庭には、海から運んできた砂が敷き詰められて、植えられた木以外の植物は生えていない。草むしりの必要がない、手間のかからない庭だけど、ちょっと寂しいな。それに靴に砂がしょっちゅう入って、困ってしまう。カスナナンのガイドも、日本語のできる青年であった。ジョグジャカルタより、日本語の普及率が高いと思ったら、ソロの方が日本人が住んでいる数が、多いのだそうだ。チップをどれぐらいにしようか…と迷ったのだけれど、大判振る舞いでガイド一人に五千ルピアも渡してしまった。急に親切になった所を見ると、ちょっとあげすぎたかな。本当は心ざし程度でいいはずなんだけどね。
もうすっかりお昼のコーランも終わって、お腹がぺこぺこだぁ。ドライバーのおじさんに、どこか食べられるレストランに連れていって、とお願いしたのだが…しまった!今日は日曜日だった。日曜日のソロのレストランは、外食を楽しむ現地の人々の予約でいっぱい。とても流しの私達の分など、確保できそうにない。うーん、困ったな…。
『お嬢ちゃんたち、いいレストランはもういっぱいだ、普通の安いレストランでもいいかね』
と、ついに最後のレストランにふられて、ドライバーのおじさんは言った。もちろん、私達に否やはない。高級レストランじゃなくたって、ぜーんぜんかまわない。安けりゃ、願っても無いところだ。しばらく街道を走った後、車は一見田舎のドライブイン、ルマ・マカンと書かれた店に止まった。
MADUKOROと言う名前の店で、中もやっぱり二十年ぐらい前の街道沿いの飯屋、と言うムード。
「何食べようかなー」
メニューをもらって算段をする。
「わたしはナシ・ゴレン!」
すずはらはいつものナシゴレン。インドネシア風チャーハンは、食べる店によって辛かったり甘かったり、上に乗せる物や付け合わせが変わって、飽きる事がない。後でもらったNOTA(レシート)を見ると、


ナシゴレン   RP 2,800 (\182)
アヤムゴレン RP 8,000 (\520)
コカコーラ・スプライト一本  RP 1.000 (\ 42)

この合計に十%のサービス料がプラスされた。サービス料というより、これはチップだろうなぁ
「…アヤム・ゴレンが八千ルピアもする!…これは、もしかして」
日本円に換算したら、以上の通りだが、すっかり感覚が現地化しているために、八千ルピアに目を丸くしている私であった。 
「よし、私はアヤム・ゴレン(鳥揚げ)を頼むぞー」
しばらく待って、ついに出てきた食べ物は!予想通り、鶏の丸揚げ一匹分!
「くーっ、予想通り!お頭つきだよーん」
「ひぃぃっ、こっちへ頭向けないでーっ」
「骨の下に隠してあげやう」
香港でグース(がちょう)を食べた時に、お頭つきの鳥には慣れた。でも頭にかぶりつくには、まだまだ修行が足りない。でもささっと頭を内側に隠してしまえば、すずはらも一緒に食べられる。手を洗うための水が入った、小さなボールも運ばれてきた。こんなにべたべたしているのに、不思議と水に指をつけるだけで、さっぱりとしてしまう。魔法の水かもしれない。
「骨離れのいい肉だね」
「美味しい!すっごく柔らかくて、ジューシィだし、甘くて飽きないよう」
「出てきた時はどうなるかと思ったけど…」
女二人で、この量をどうしたらいいのか!と思った鶏は、瞬く間に食いつくされていった。骨までしゃぶるとは、こう言う事だろう。にぎやかに食べていると、何組かの家族が食事をしに、店を訪れた。どうやらガーデン席もあるらしい。トイレを借りに行くと、ガーデン席のそばにある中庭で、この店のお嬢さんらしい三才ぐらいの女の子が、お手伝いさんにあやされていた。ブランコに乗りながら、一生懸命に手をふってくれる。
だがさすがに、最後の一切れまでお腹に入れる事はできなかった。でもここはインドネシア、満腹して食事を残す事は、決して無礼ではないし、行儀が悪いと非難される事もない。子供の頃は大変だったよなぁ、給食を残すと叱られ、食事を残すとぶたれ、何がなんでも出された分は、お腹に詰め込まなければならなかった。どんなに苦労して、給食のパンを服に隠して持ち帰ったか!そんな食習慣のおかげで、こんなに太ってしまったのだ。恐怖は子供を肥満に導くぞ!
帰りの道すがら、おじさんの案内でシルバーの店へ案内される。バリみたいに超お高い店だったら、どうしようかと緊張したが、心配はなかった。
観光込みで連れていかれる、チュルクの店よりずっと良心的で安い。店もこじんまりとしていて、そんなに数はないけれど、気のきいたデザインの物が多い。私はほとんどアクセサリーをつけないが、見るのは好きだ。すずはらは趣味で指輪を集めている。早速物色をはじめて、指輪を二個買う。
銀の彫金指輪がRP7,500(\487)、石付きの指輪がRP15,400(\1,001)それを一割引にしてくれるのだから、日本でおもちゃの指輪を買うのとたいして変わらない。
「ねぇーねぇー、端数の五十五ルピアまけてよー」
すずはらが日本語で交渉すると、若い女性店員はどっと笑う。ネェーと言う響きが、おかしかったらしい。ネネと言うのはインドネシア語でお婆さんの事だしなぁ、ママゴト遊びのことはマチマチって言うんだよ。
そういえばジョグジャのそばに、銀細工でならしているイモギリって町があったなぁ、車の走った順番から行くと、その辺りのような気がする。確かめるために店の名刺をもらったら、当たっていた。
インドネシアで名刺は、日本よりも当たり前のインフォメーションカードとして重宝されている。気に入った店で名刺をもらうと、記念にもなっていい。住所も電話番号も書いてあるし、簡単な地図もついている。問題は、その店が次に行った時にもあるかどうか、と言う事なのだけれど。
まだ昼下がりのうちに、ホテルに戻ってきてしまった。このまま陽が暮れるまで、部屋でぼんやりしているのは、もったいない。明日はバリへ移動する予定だし、最後の散策にでも行こうか。実は最初の日に立ち寄ったガルーダ・ホテルのロビーで、なかなか素敵な皮の鞄を見つけていたのだが、結構なお値段だったので、あきらめて帰ってきたのだ。しかしそれからずっと、あれ以上に欲しいと思える鞄には出会えなかった。しかし!残念な事に、あの日のロビーの売店は特別だったらしく、もう店そのものが消え失せてしまっていた。
「やっぱり一目ぼれしたら、その時に買わなくちゃねぇ…」
残念。
夕方になるまで、飽きもせずにマリオボロ通りをうろうろする。通りの角っこで、ビニール袋に入ったお菓子みたいな物を売っているおばぁちゃんに会う。一見して、芋を揚げたような平べったいお菓子。
『これ、なんやの?いくらすんの?』
何だかむかーし、母が作ってくれた物に似ている。興味を示していたら、通りかかった老人が、いきなりビニールを破って、一ヶ試食させてくれた。「おばちゃん、困ってるけど…」
いいのだろうか、通りすがりの人みたいだけど。食べてみたら、すごい歯ごたえのあるお菓子だった。でも、やっぱり芋揚げにに似てる。がっちがちで、こーりこり。手のひらサイズの一袋で、百ルピア…七円ぐらいかな。これが本当の駄菓子、と言う奴だな。宿に帰ってから、部屋に来たノナノナ(娘さん)に、これは何だ?と尋ねてみたら、「芋だ」と言われた。
『何の芋?』
と聞いても、らちが開かない。芋は芋…どうやらキャッサバ椰子のねっこらしい。一見して芋のような形態をしていると、後々に知る事になる。(のちのち判ったけど、これはシンコン・チップスというものだった)
日暮れに近いマリオボロ通りに、にわかに人だかりが…。
「何だろう?人が集まってるけど、何かあるのかな」
「いってみよう!」
物見高いのは、日本人もインドネシア人も一緒だ。大統領官邸のすぐ前は通行止めになっていて、ベチャも遠回りしなければならないようになっている。人垣をかき分けて前に出ると、ずらっと並んだ兵士が、捧げつつで行進していった。何だか偉そうなおっさん達が、にわかこしらえの台に乗って、何か話している。
「何だろう」
良く判らない。毎週やってるのかな、それとも謁見式とか、表彰式とか、特別な式なんだろうか。地元の女の子達も、何をしてるのかと見にきていた。手をつないでいる所を見ると、姉妹かなー。
ちょっとインドネシア語で会話。
『ねぇ、あれ、何やってんの?』
『式典だよ』
『へぇ、何の?』
『さぁ、私もわかんない。貴女、日本人なの?インドネシア語、できるの?』
『うんそう、ちょっとだけね。貴女達は姉妹なの?』
『こっちがお姉さんなの。私は妹。日本の映画だったら、いっぱい見た事あるよー』
主に洋画と香港映画が多いが、日本の映画も結構上映されている。ジョグジャ周辺でかかっていた映画は、東映Vシネマ系列の、Vマドンナ大戦争とかだった。ずいぶん古いな。
『貴女達も、姉妹なの?』
彼女は私達を見比べて、そう言った。やっぱり、そう見えるか…と苦笑いしつつ、面倒くさいので肯定する。
『そうよ、私が姉で、こっちが妹』
『へぇ、そうなんだぁ』
インドネシアの人たちは、実に兄弟の仲がいい。同性で手をつないだり、肩をくんだりしているのは、ズーレでもモーホでもなく、兄弟姉妹達なのだ。それは大人になっても変わらないので、おじさんおばさんを問わず、この暑いのに、みんなで手をつないで歩く。
まだ中学生と言う姉妹と別れ、またマリオボロに戻った。
「喉乾いたなぁ、なんか飲もっと」
タピオカで作ったおせんべいの元や、フルーツに野菜が売られている露店の間には、マタハリデパートのきらびやかさにはかなわないが、田舎の何でも屋、スーパーといった感じの、冷房も入っていない地元のちっちゃな商店が並んでいる。でも、ケンタッキーとかで飲むよりも、ずっとずっと安い!何と一本、五百ルピア程度しかしない。どこでも千ルピアぐらいは、簡単に取られてしまうのに…。嬉しくてその場で栓を抜いてもらい、コーラをごくごく飲む。隙間の開いた冷蔵庫に、店のおばさんが追加を入れようとして…落とした。ものすごい音がして、ジュースが一瓶、粉々に砕け散る。
「まーた、壊してる。クラッシャーメグル」
「違うー」
どう言う訳か、私が初めて入る店では、何かが落ちて割れたり、物を落として壊したりする店員や、客が続発する。それも一番最初の時だけ。
「インドネシアでも、またかよ…」
実はジャカルタでも、ファーストフード店で似たような事があったのだ。こんな惨事ではなかったから、無視していたのだけれど、困るなぁ。店のおばさんは、私にジュースがかかっていない事を確かめると、その場をできるだけ綺麗に掃き清め、ガラスのかけらが残らないようにと、徹底的に掃除をする。裸足で歩いている人も、けっこういるものね、綺麗にしておかないと、怪我をしてしまう。
その頃にはもうすっかり日は暮れて、辺りの露店や屋台から、良い匂いが漂いはじめていた。ぎらぎらと白いランプを灯した屋台は、祭に出てくるたこ焼き屋や、お好み焼き屋と全く同じタイプの物である。屋台で使っている油が、どうやらココナツオイルらしい。すずはらはかなり反応しているのに、私はすっかり鼻が慣れて、全く感じなくなってしまった。つみれ入りのスープ、チキンの入ったアヤム・ヌードル、ココナツの餡が入った揚げ胡麻団子。あの、牛のマークの屋台は、いったい何だろう。
ジョグジャ名物、マルタバック食べるぞー。と言うわけで、人のよさそうなおじさん、おばさん、息子がやってる屋台にたどりつく。良さげな匂いがぷんぷんしてくる。マルタバックと言う物は、薄いクレープのような皮の中に、ねぎと野菜、ミンチにガチョウの卵を溶いた物を包んで焼く、インドネシア版お好み焼きのような物である。メニューは写真の通りで、ビアサ(並)の上がイステムワ(上)そしてスペシャル・スーパーと、上に行くに従って卵の量が増える仕掛けになっている。私達が注文したのは、スペシャル!これが結構ビッグサイズで、女二人じゃちょっと食べきれないほど。とにかく、すごく美味しいのは、保証付き。ただし、できるだけ熱いうちに食べる事、そして素手ではなるべく食べない事。ココナツオイルで焼いたマルタバックの油は、そのままで一晩立つと、どう言う訳か、ものすごい匂いになって閉口する事になるからだ。
「そっちの甘いのもおいしそ」
 マルタバックは、アシン(塩味)とマニス(甘口)の二種類があって、マニスの方は只のパンケーキである。中にチョコシロップと、チョコスプレーを挟んだ、激甘タイプ。ちょっと食べきれなくて、失敗してしまった。
 立ち食いする度胸が無かったので、マルタバックは部屋へ帰って食べた。食後は昨日も行ったハヌマーン・フォレスト・レストランで、今夜の出し物ワヤン・クリットを見学。ワヤン・クリットは影絵芝居で、言葉もさっぱり判らないのに、人形達が何かもめている様子になると、ふと笑いが漏れてしまうのは何故?人間だからかなぁ。基本的なメンタリティは変わらないのかもしれない。