第三章 都会はつらいよ
92.9.30
朝六時半、起床。
夕べは遅くまで、外がうるさくて仕方がなかった。テレビはがんがん鳴り響き、子供は夜中なのに走り回る。だがどんな時でも、私達には必殺の耳栓があった。おかげでしっかりと眠って、目覚めは良好だ。
せっかく綺麗な庭のユースだし、写真を取りに散歩に出かける。庭の手入れはこまめにしていて、私達の身長よりも大きなシダや、日本じゃ植物園にしかないような、巨大な芋の葉が茂っている。 真っ赤なブーゲンビリアが、この季節唯一の花らしく、あまり他には花は咲いていない。雨期の入りばなだからだろうか。
食事はついていないので、早めにチェックアウトする。フロントの英語が出来るお姉さんが、館内アナウンスでドライバーを探してくれている。その間、食堂でぼんやり見ていたテレビには、ハマーのアニメが映っていた。ハマーがインドネシア語をしゃべっている。こっちのアフレコも、なかなかの技のような気がする。声も、似てる人を選んでるし、ナイス。
やってきたブルーバードタクシーで、ジャカルタの中心街へ。
が、当てにしていたサリナデパート脇のツーリスト・インフォメーションは、いつまでたっても開く様子がない。仕方がないので、その正面にあったマグドナルドで朝食を取る。味は全然変わらないし、メニューも同じ。
「ケンタッキーの方が、味が違うし、好きだなぁ」
「鳥が違うんだよ、きっと。でもカウンターの兄ちゃん、かわいーよ。」
マックのスマイル0ルピア。これは万国共通である。
インドネシアの男は、総じて愛想がいい。こんな私達にまで、にこにこ笑いかけてくれる。日本人の男の笑った顔なんて、テレビでしかあんまり見かけない。でも、女はなぜか商売人以外は無愛想なのだ、これが。
一時間以上待っても、インフォメーションに変化はない。オープン時間をすでに二時間半以上も過ぎている。重要な問題が残っていた。私達は、ホテルの探し方、と言う物がまだ良く判らないのだ。リストを見て選ぶ事はできても、足で探すと言う事が、どういう事か、判っていない。この辺りで知ってるホテルって…来た時に泊まった、プレジデントホテルと、もっと高級なホテルしかないのに。
すでに疲労と緊張で思考停止状態になっている私達は、都会の危険な雰囲気に飲まれていた。やはりジャカルタのような大都会では、宿はできるだけしっかりした方が、身も心も休まるのだ!と言う結論に達した私達は、重い荷物をずるずると引きずって、歩きだした。単に私達の修行が足りないだけかもしれないが、精神的緊張でかなり身体の調子が悪くなっているのも確かだし、警戒しながら眠るのはつらい。そして、私はともかく、すずはらは自分の長い髪をお湯で洗いたい、と言う希望がある。
結局、ふりだしへ戻った。
高いのは判っていたが、背に腹は変えられない。ありったけの現金ドルをかき集めて、デポジットを払った。…もしかしたら、ビザカードでも見せれば良かったのかもしれない…。運よくその場でチェックインできたので、すぐにシャワーを使って、足りない眠りを補った。ほっとするひととき…まだ4日目なのに、何だか色々あったなぁ。
ひと休みしたあと、ロビーに降りてツアーでも申し込もうか、とその辺りを覗く。午後から出発できるツアーがあった。ピンク色のキティちゃんをトレードマークにしている「無限(MUGEN)ツアー」で、午後からのと、明日の終日ハイランドツアーを申し込む事にする。マネージャーらしきおばさんが、そのうち現れたが、いわゆる「すっげぇ」タイプの日本人女性だった。インドネシア語ぺーらぺらで、ばりばり仕事をこなしている。
料金を払い終えた後、リコンファームの確認のために、ホテルの向かい側にあるホテル・インドネシアまで行く。英語担当はすずはらである。片言でも十分に用は足りた。これでリコンファームはオッケイ。
ホテルの裏側、コンベンションルームのような所では、インドネシア全土から集まった、女性のアクセサリーや化粧品、衣装などのエキシビジョンと展示即売会をやっていた。右を向いても左を向いても、きらっきらの宝飾品の輝きが目を射って、見ているだけで、わくわくしてくる。こう言う催し物に、私達の血が騒がない訳がないのだ。
「入ってもいい?」
どうぞどうぞ、と言われたようなので、観光客でありながら即売会に紛れ込んでしまった。誰も全然気にしていない。インドネシア風のかんざし、ムスリムのウェディング・ベール。
「どうしよう、こんなの買ってー」「だってー、すっごいきれいだしー、ここでしか手に入んないしー」
と、激ミーハーな事を言いながら、嬉しくて仕方がない。他にもネックレス、腕輪、ブローチ、ドレス、バティック、更紗に金の刺繍など、ありとあらゆる物が集まっていた。もっとお金持ちだったら、あれもこれも欲しいけど…。
今はこれが精いっぱい。
隣のハイアット・ホテルの地下には、SOGOのスーパーマーケットが入っていて、雑貨にお昼ご飯を買った。パンとミゴレンのパックづめ、お菓子など。細かい穴がいっぱい開いた、黄色いお菓子は何とも言えない奇妙な味だったが、ミゴレンは美味しいし、パンもいける。メダンでとれたと言う、買ってきたモンキーバナナの皮をむいたら、果肉がオレンジ色をしている。味はさっぱり、酸味がきいてて甘味も十分、これが本当のオレンジ・バナナ!
観光するぞ!
午後からのツアーと言うのは、実はインドネシア明治村の、タマン・ミニ観光ツアーなのだった。オージーの老夫婦が、私達の他には一組だけのコンパクトな団体だ。豪華なバスに私達4人とガイド二人を乗せて、郊外のタマン・ミニへと向かう。ジャカルタから空港、そしてタマン・ミニへと向かうハイウェイは、これでもかと言うぐらい、日本の地方都市のように、美しく整備されている。国民から苦情が出るくらいの、お金のかけようだそうな。
中心街のモニュメント、ビルなどは、とてもきれいに整備されているけれど、ベチャなどは表通りを走らないようにするなど、インドネシア政府はけっこう体面を気にして、人目につく所に手を入れているようだ。
タマン・ミニの入口から一番近くて、一番大きな展示館は、外側の作りはバリ風だった。巨大な神様の石彫りが、こっちをむいていて、噴水も上がっている。中には民族衣装の展示がずらり。インドネシアは小さな島がたくさん集まっている、群島国家であるため、言葉も文化も様々だという。正装だけでも、見きれないほど数が展示してある。どれも素晴らしく美しく、すごい…なのに。
ここは撮影禁止である。そして図版も写真集もない。せめて、展示物の説明など乗せてある、パンフレットぐらい作ってくれよ。でなかったら、撮影させて欲しいのに。
「私にケンカ売ってんのか、ここわー!」
憤るすずはらをなだめながら、展示室を出る。
もうすぐここで式典があるらしく、地元の高校生がブラスバンドと行進の練習をしていた。もっともっと、この公園は広くなって、見る場所も増える予定らしい。その後ゆるゆると園内を巡ったが、途中で雨が降ってきた。最初はぱらぱら程度だったが、次第に激しくなり、ついにダニ族の村辺りで見学は終了。もっとたくさん見る場所はあるようだ、本当は一日かけて、ゆっくり見るのがベストだと思う。
一日居たって、きっと飽きないだろう。
ホテルに帰ってひと休みすると、香港でやみつきになったハイ・ティーをしに、ハイアット・アリアデュタまででかけた。プレジデントホテルは、泊まり客の7割が日本人ビジネスマン(の割に、日本語の出来るスタッフはいない。ビジネスマンの方が、インドネシア語を話しているらしい)だが、アリアデュタは7割が欧米人で占められていて、とてもヨーロピアンだった。
コーヒーショップは混んでいて、しばらく待たされた。お茶はまぁまぁだったけど、インドネシアの茶は、総じてぬるい。インドネシア人は猫舌だって聞いたけど、本当かもしれない。
ハイティーのお菓子は、ビュッフェ形式で取り放題、食べ放題だったが、スコーンやケーキに混じって、なぜか春巻きとか餃子とか、フライドチキンなども並んでいて、まるで飲茶のようだ。コーヒーショップは生演奏なんかもあって、とてもおハイソではあったが、目の前の餃子を見ていると、優雅と言う物とはちょっと違うかもしれないと思った、が。ま、いいか。
帰りはタクシーでサリナ・デパートまで直行。サリナ・デパートは、日本だったら地方デパートのムード。たいていの物はここでまかなえてしまう。香港で言えば中華国貨公司と言う感じで、おしゃれなショップなんかとは程遠いけれども、日用雑貨からおみやげ物までが、びっしりつまっているデパートだ。
最上階の電気用品売り場で、インドネシア←→日本の端子変換のプラグを買う。せっかく日本でセットを買ってきたのに、唯一入ってなかったタイプのが、こっちでは使われていたのだった。ショック!でもここで買った方が、ずっとずっと安かった。ラッキー。売り場の横の方には、足踏みミシンがいっぱい置いてある、それもピカピカでレトロなタイプ!懐かしい!中学校のミシン、ほとんどこいつらだったもんなー。ゆっくり針が動くから、恐くなくていいんだよねー、足踏みって。文具売り場では、思いきり安いロットリングの針を見つける。今はもう製造していない、バリアントタイプ!嬉しくなって数本まとめて購入する。成田美名子のニセイラストを使ったカードとかもあった。 下のおみやげフロアーは、インドネシア全土から集めたらしい、何千と言う種類のおみやげが、山のように展示してある。籐細工の篭や小物入れ、宝石、宝飾、シルバーのアクセサリー、陶器、皮細工物、貝細工の額、絵画、植物から動物まで木彫りの人形が様々に並び、バティックの小物から洋服までが揃っている。大きな物では、テーブルや椅子、本棚まで。インドネシア様式のドールハウスまであったのには、びっくり。
「これいいなー、欲しいなー」
…でも、日本への送料を聞いたら、3万円ぐらい送料がかかるそうなので、やめた。
「旅行の帰りだったら、抱えてでも帰るけど、旅はこれからだからねぇ」
「本気か?」
いや、本気になりそうなほど良かった、と言う事。
すずはらは小さな人形の形になった、民族衣装の着せかえ…と思われた物を買ったが、じつはそれはただの壁飾りで、思ったような物ではなかった。細工のあまりの粗雑さとかさばる荷物に、後に廃棄される事になる。
「インドネシアのミュージックテープを買うぞ!」
と、張り切って一階のテープコーナーを物色。
「あ、講座で聞いた(BINBO)がある」
簡単な童謡っぽいメロディーに、風刺を乗せて唄う人気バンド(ちょっと古い)だそうだ。
「…あと…どうしよう…試聴するのも、けっこう手間がかかるし、どんなの好みか判らないしなぁ…」
インドネシアの音楽も、日本と同じように演歌、歌謡曲、ロックなどの種類がある。
インド風のダンサブルな曲は、ダンドゥット。
中国風の歌謡曲は、クロンチョン。
普通の歌謡曲は、ラグ、という。
まだその時は、どんな種類があるのか判らないので、なんとなく勘で選んでいたら、その辺に居たおじさんが、色々手伝ってくれた。彼はこの辺にあるホテルのホテルマンで、JAICAで日本に勉強に行った事があるそうだ。ステイしたのは群馬の舘林市だったそうだ。
※カセットテープ代金※ 音楽テープ1本 RP6,600〜RP13,000
この一日で気付いたのだが、何だか二人でうろうろしてると、周囲に視線を感じる。ジャカルタは日本人も多いし、それほど浮いてる格好している訳でもないし。ジャカルタのおねーちゃんの方がリッチな格好してると思う。
でも今の所、ビジネスマンと親子づれしか日本人には会ってないし、若い女の子二人でうろうろしてるからか?…。
さて、そろそろ帰ろうか…と、思った途端に雨!ものすごい夕立、スコール!信じられない降雨量にあっけに取られた。このままじゃ帰れない、仕方ないのでデパートの中二階に陣取って、ぼんやり外を見ていた。ここの二階には噂のハードロック・カフェがあるらしく、バシバシに決めまくったジャカルターナやジャカルターノが、どんどん階段を昇ってゆく。雨はますます激しくなって、カフェに入るエスカレーターは停止し、隙間から雨水がじわじわと足元に流れ込んでくる。
と、どこからともなく裸足の少年達が現れ、目の前の歩道を渡って駐車場に行こうとする人々に、傘を貸しはじめた。パユン、パユンと言う声が辺りに響いている。(パユン=傘)
「あ、傘貸しだ」
「パユン小僧の出現だねぇ」
噂には聞いていたけど、なかなかタイムリーな商売だ。でも傘を貸している間、自分達はぐしょ濡れになってしまう。風邪引いたりしないのかな、でも私らと違って、丈夫そうだからなぁとも思う。
雨はそこでぼんやりしている三十分ほどで、すっかり上がった。やれやれ、これで帰れる。雨上がりでネオンもにじむ、夜のジャカルタの街を、てくてくと十分ほど歩いてホテルに到着。部屋に戻ったら、また雨が降りはじめたようだ。
部屋に帰ると、すずはらが騒ぎだした。
「パーカーがない!でも確か…プロウ・アイルには持っていったのに」
「えー?置き忘れたの?」
「覚えてない…いつ着たんだっけ」
気がついたら、すずはらのパーカーがなくなっていた。クーラーの防寒用に持ってきたのに、ここで無くしてどうするんだ。私の持ってきた服なんて、自分達のサークル用に漫画をプリントしたシャツとか、自分で縫った短パンとか、そんなどうでもいいものばっかりだが、すずはらのは割と金をつぎ込んだ物が多い。
ショックを受けたすずはらは、明日はちゃんとしたディナーが食べたいと言い出した。そういえば、昨日も今日も何だか、訳の判らない物しか食べてない。この界わいには、ホテル以外にレストランらしき物が見あたらないのだ。
「日本って、なんてコンビニエンスな国なんだろう!いつでも、どこでも、何でも手にはいるなんてさ」
しかし、私は思う…。赤坂界わい、もしくは新宿高層ビル街のホテルに宿泊したとしたら、全く同じ状況に陥るのではないか?この辺りも、きっと十五分ぐらい歩けば、何かがきっとあるのだ…でも、でも疲れた…。
今夜もまた、よく眠れた。
※今日のレート※ \1=RP16.84(BANK DUTA)
$1=RP2,015 (EMES MONEY CHANGER)PRESIDENT HOTEL LOBBY
$1=RP2,048(MUSTIKA MONEY CHANGER)
$1=RP2,040(PRESIDENT HOTEL)
ハイランド・ツアー
92,10,01
今日から十月だっ!。
今朝はゆっくり八時過ぎに起床、朝食はホテル正面のキングバーガーで朝食。ウェンディーズタイプのバーガー屋さん、と言う感じ。 東京だと朝のファーストフードは、結構こみあっているものだが、ジャカルタでは夜の方がずっと混んでいる。私達の他には、出勤前のブティックの店員、らしいお姉さんが一人いるだけだった。
店の外を通勤途中のサラリーマンが、ずんずん歩いてゆく。
「みんな、どこで朝食食べてくるのかな」
「香港は外食産業花盛りだけど、ジャカルタはどうなんだろう」
インドネシアの平均的な朝食って、どんなものなんだろう…。
朝食が済むと、すでに銀行はオープンしていた。TCを換えようと思ったら、パスポートが必要だ、と言う事。いちいちセーフティ・ボックスから出してくるのも、こうなると面倒だな。
※食事料金※ ホットティー RP 725-
コーク RP1,180-
ハンバーガー RP2,180-
チキンバーガー RP3,545-
オニオンリング RP2,090-
ツアーのピックアップは、思ったより早く来ていた。ジャカルタで一番メジャーな、パノラマツアーのハイランド・ツアーだ。集合は斜め向かいのホテル・インドネシアだったが、そこで昨日一緒にタマン・ミニへ行ったオージー夫妻と一緒になる。せっかくだから名前をうかがった。クイーンズランドから来た、ミスター・フェントンとミセス・フェントン。昨日はボロブドールへ行こうか、なんて話していたようだから、てっきりそっちに行ったと思ったのに。奇遇ですね。最初は他にも、フィジーから来たと言うビッグな旦那さんや、カップルなども居たが、結局フェントン夫妻ともう一人、キャンベラから来た奥様の計五人のパーティになった。
一時間半ぐらい、綺麗なハイウェイを走る走る。ガイドのお兄さんは、右や左に見える作物や建物の説明、インドネシアの気候や習慣などを色々話してくれる。オージー夫妻のオーストラリア英語より、ずっとずっと理解しやすくてありがたい。すずはらはまぁ、そこそこ中学生英語程度だが、私はほとんど小学生英語クラス。とにかく言い回しは全部ほったらかしで、単語だけを理解して何を言っているのか、「推理」するしかないのだ。
キャッサバ椰子(タピオカの元)の畑が、ハイウェイ沿いに続いている。ところであの椰子のどこから、タピオカの元となるでんぷんが取れるのだろうか?ハイウェイから離れて、人家が多くなったな、と思ったらもうボゴールだった。
ジャカルタのベッドタウンでもあり、高地にあるので結構涼しくて暮らしやすい所だそうだ。建物がちょっと異国的なのは、インドネシアがオランダ領であった頃の名残の建物が、まだ残っているからのようだ。学校や政府が並ぶ道路沿いを抜けると、大きな公園に出た。丸い公園の回りを、緑色のバンがぐるぐる回っている。これがボゴールの主な交通手段らしい。芝生の緑も美しい公園の前庭には、鹿が放し飼いになっていた。あの木なんの木気になる木、にそっくりな巨木の下に一群れが涼んでいる。
「ここは奈良公園かー」
と言っていたら、本当に奈良から寄贈された日本鹿だった。でもきっとインドネシア語しか判らない鹿なんだろう。
第一の目的地ボゴール植物園は、ここが作られた当時からずっと生えている、大きな木でいっぱいだった。どれもこれもが年月を重ねた巨木ばかりである。綺麗に掃除され、整理された庭園からは、南のジャングルにありがちな、腐った木の葉の匂いもなく、森独特のいい香りに包まれている。元オランダ領事館の白亜のお城も、オオオニバスが浮かぶ池の向こうにぽっかりと浮かび、4階建てぐらいあるんじゃないか、と思われるのっぽの椰子や、扇型の不思議な木、ラタンの蔓がからまる林、薄紫のホテイアオイの花咲く池など、鑑賞したい場所はつきない。
あの、ラッフルズ提督の奥さんが亡くなったのもボゴールで、お墓が立てられていた。
「私、ジャワに住むならボゴールがいい」
と、すずはらが言い出した。
「涼しいし、この植物園に居れば幸せだもの」
さすがは山生まれの山の子だ。私は街生まれの街の子だから、やっぱり街がいいなぁ。
出入口にあった公衆トイレは、一人二百ルピアの有料トイレ。フェントン婦人が何だか困っていたみたいだけど…どうしたのかと思ったら、現金は持ち歩かないので、ルピアが無かったんだって。うーん、さすがにガイジンだ。私の場合、カードは最後の武器なので、そっちの方を持ち歩かないでいる。
ボゴールでついにカメラのフィルムが切れた。フェントン氏が両替を希望しているようなので、ついでにすずはらもその辺の店にフィルムを買いにバスを降りた。何だかマカオみたいな町並みだな…あっちはポルトガル領だったっけ。結局植民地政策なんて、弊害ばかりで何が残ったって言うんだろ。アメリカとカナダとオーストラリアに香港、何だかみーんなイギリス系の場所ばかりが、やたらに元気でやってるようだが。
ボゴールからさらに一時間、いっそう高度は上がってゆく。周囲にはムスリムのモスクが増えて、玉ねぎの親玉みたいな形の、銀色の帽子屋根をかぶった建物が、あちらこちらに見える。その銀色玉ねぎを作っている店も見えた。店先に豪華な物から小さな物まで、様々に並べて売っているようだ。他にも野菜や果物の露店が現れてきた。どうもロスメンやホテルが増えたな、と思ったら、この辺りはジャワの軽井沢らしい。チープな宿からリッチな宿まで、よりどりみどりで並んでいる。
この辺りで雨に迎えられた。にわか雨らしく、みんなその辺の軒に入って雨宿りしている。学校帰りのムスリム学校の女子生徒は、みんな髪の毛を隠しているが…その辺で仕事してる娘さんはかぶっていない所を見ると、女子には制服があるらしい。日本の中学生は、男子丸坊主と言う悪習慣をふと思いだした。宗教上の理由があるだけ、こっちの方がずっと納得できるぞ。
気がついたら、周囲はまるで伊豆の山奥にやってきたような風景になっていた。見渡す限りの茶畑、ジャワティ・ストレートのCMのロケをしたのは、ここか?三角のおむすびみたいな山の山頂まで、延々と茶畑になっている。対角線状に切られた道をたどって、インドネシアン茶摘み娘達が降りてくる。
山を昇りきった所にあるレストラン(プンチャック峠)で、ランチを頂く。
はっきりいって、寒い!あったかいお茶が美味しくて、ありがたい!甘露のように思える。食事が出るのを待っているうちに、テーブルから見えていた綺麗な渓谷の風景は、にわかにたちこめてきた霧におおわれて、何も見えなくなってしまった。
「オゥ、スモーク」
山火事かな、とフェイトン氏がジョークを言う。違うよ、フォッグだよん。
料理はチャイニーズなのかな…。おなじみのジャワ風焼き鳥のサテ、かき揚げチリソースかけ、野菜炒め、川魚のフライ甘酢あんかけににんじんとマンゴーのピクルス付き。これが真っ赤な色をしていて、ものすごい味。
あんまり美味しくないなー、と全員が思ったのかあまり減らなかったら、後で席にやってきたガイドが、お魚は全部平らげてしまった。川魚は滅多に食べない高級魚なんだそうだ。
「ま、残してっちゃうより、ずっといいや」
「残すのって、他人のでも見るのやだなー」
こう言う主義だから、どうしても体重が減らないのだ。
トイレに行ってから出発しようと思ったら、トイレは階下にありました。途中にあって池には、さっきの魚ではないだろうか…と思われる鯉のような魚が、びちびちしていた。
南の国のサファリ・パーク
食後は峠を下って、最終地のサファリ・パークへ。日本にも一時期はやった、放し飼い動物園だけど、私達は二人ともこの手の動物園に行くのは初めて。日本みたいに規則にきびしくないだろうし、何か面白い事あるかも。ドキドキしながら車を降りたら、入口で「ハロウ!」と叫ぶ九官鳥に会った。頭の後ろに黄色いぴらぴらした物がついてて、とってもおしゃれだ。受付が済むと、もう一度車に乗りなおして園内へ。
象や鹿、猿にキリン、しまうま、インパラ、カバ、サイ、それに赤青黄色の顔をした火食い鳥(怪獣!とすずはらが叫ぶ)
車が象の群れに近づくと、鼻を寄せてきて象がエサをねだる。ガイドさんが、ボゴールの入口でで買い求めたお菓子をあげていた。
あ、それはさっきバスの中でちょっともらって食べた、あの豆腐味のせんべいだな。揚げワンタンみたいな形なのに、味はしっかり豆の味がした奴だ。なるほど、このために買ってたのか。
「え、私達もあげていいの?」
象に手渡しでエサあげちゃったよー。象の鼻先はとても固かった。
そしてサファリの名物、スペシャルケージ(遠距離制御)で囲まれたライオンだぁ。2重ケージで厳重に仕切られたライオンスペース。ライオンはでっかいけど、やはり猫科は猫科である。ごろごろしている仕草が、日本に残してきたうちの猫と同じ。十倍ぐらい大きさが違うが…。高地でけっこう寒いんだけど、平気なのだろうか。
次の場所に居た虎は、ライオンの倍ぐらい元気だった。どう見てもまだちょっと子供、と言う感じの虎は落ちつきがなく、ずっとうろうろしている。車の出口付近にいた奴は、ケージが開くと一緒にくっついて外に出ようとしている。ここから外に出られるのが、判っているらしい。外出したくて、玄関でうろついてる猫みたいだ。 何度かタイミングを外して、やっと車はケージの外へ。虎は鼻先でケージを閉められて、不満そうだった。
サファリが終了すると、車を降りて併設されている動物園へ。オランウータンやラマ、虎なんかがつながれていて、チケットを買うと一緒に並んで写真を撮ってくれるらしい。あんまりお客がいなくて、すずはらはどうしようかと悩んでいた。
「どっちにするの?撮るの、撮らないの?急がないといっちゃうよ」
どっちつかずの様子を見ていたら、いらいらしてきた。日本人(特にA型)は、誰かが最初に始めてくれないと、自分が先陣を切るのを嫌がる。特にこう言うときに出すべき度胸と言う物は、愛の告白と同じぐらい恥ずかしい物だと、判る事は判るんだが、はっきりしろ。
「やっぱり行ってくる」
虎と一緒に写真撮れるなんて、滅多にないからと、一回千ルピアのチケットを買いに行った。私はこう言うのは、あまり好きではないので、見るだけにする。並んでこっちを向かせた虎は、不機嫌そうにグォーと哭いた。
すずはらは恐怖する。
「お、怒ってるよぉ…」
うちの猫が怒った時と同じ声だ。
「ノープロブレム!」
本当に大丈夫なのかぁ?
虎とのツーショット、外側から写真を撮った。腰はひけてるし、顔は強張っていて、笑ってるのか何だか判らない顔になってしまっている。でもちゃんと撮ったよ。
にぎやかな音楽が聞こえてくるなぁと思ったら、イベントフロアで象の軍団が芸をしていた。足を上げたり座ったり、巨大な三輪車に乗ったりと、ゆっくりゆっくり芸をする。どうやら芸をしているのは、インド象のようだ。後ろで手持ちぶさたにしている遊覧用象よりも、ずっと小さい。かしこいから、こっちの仕事をしているのか?サファリに居た象よりも、ちょっと若いようだった。でも拍手もなく芸を続けているのは、かわいそうに見える。こっちのお客さんは、あんまり拍手をしないようだ。それとも芸人に対して拍手するのが礼儀っていうのは、日本人の習慣だけだったっけ?
ぼんやり見ていると、司会のお姉さんが観客を示した。
「え、あれ?あたしー?」
どうもすずはらが呼ばれているらしい。
「いってくる、カメラ持っててー」
さっき虎と写真を撮って、度胸がついたのか、すずはらはいそいそと前に出ていった。
芸はごく簡単、象が花で持った造花のレイを、お客さんの首にかけるだけ。面白いから、預かったカメラで連写した。これを原画にして中割りすると、象がレイをかけるアニメーションが出来上がるなー。日本人のツアー客は、10人以上の集団になると途端に傍若無人になって、とんでもない顰蹙を買う事が多いと言うが、私達みたいな二人っきりの小娘達は、大人しい事このうえない。以前にバリに行った時もそうだが、トイレに行きたい時ぐらいしか意志表示はせず、ガイドの言うとおりにおとなしく、主張せず、楚々としているのを良しとする。すずはらは、本当はあの遊覧象にも乗りたかったし、ラマにも乗りたかった、もっと動物に触りたかったのだと言っていた。他のツアー客がいなければ、もう少しわがまま言ったんだけど、他の人そっちのけで自分だけ楽しむなんて、気がひける。同じお金を払ってそのツアーをどんな風に楽しむかなんて、その人次第なんだから、変な遠慮はいらないのかもしれないが…。
「私は他人が楽しそうにしているのを見ると、自分も幸せになる人だから、盛り上がってくれると嬉しいけどね」
「うーん、難しいなぁ」
すずはらはバスの中で、しばらく悩んでいた。
バスは帰りぎわに、お客さんのホテルをうっかり素通り。あわてて引き返してくるが、わき道を通るしかないようで、すごい道を通ってゆく。あの綺麗で快適なハイウェイのすぐ横には、道はがたがた舗装のほの字もないような、すさまじい道が通っている。川のほとりを通ってゆくのだが、絶句するほど汚い川だ。どぶのように真っ黒な水が淀んでいる様子は、ひと昔前の公害時代の日本のよう。ゴミがぎっしりと積み重なって、中州を形成している。「一見きれいなジャカルタも、一歩裏へ入ると、こうなんだよね」
「都会はゴミが多いよ…」
私達もホテルまで送ってもらい、フェントン夫妻とはさようなら。
「あら、支払はゴールドカード!」
「うう、さすが…私達なんか、やっと去年カードを持ったばかりなのに…」
もちろん、キャリアが違うのだ。
まだまだ元気な私達は、その後近所のマンダリン・オリエンタルホテルを覗き、ゴージャスなロビーに満足して、すっかり定番になったSOGOへ。持ってきたカセットのスイッチが入りっぱなしになっていて、電池が切れてしまったのだ。今のうちに買っておかないと、次はどうなるか判らない。それにしても、このショッピングセンターは大きい。奥が深くて、入れば入るほど色々なショップが並んでいる。電池を買ったカメラ・プリントショップの横は、南洋パールをバラで売っているショップだった。白やピンク、青色がかった大きなパールが並んでいる。一個三千円程度からあるらしいけれど、買って帰ってどうするつもりもないし、見るだけ。
おもちゃ屋から本屋、文房具売り場と、日本と全く変わらないコースを取って階上へ。その日まで全く気付かなかったのだが、そごうの三階には各国のファーストフードが並ぶ、ワールド・レストランがあったのだ。中央に椅子と机が並び、周囲の店で好きな物を買って、そこで食べるシステム。ダイエーとかジャスコの地下に、良くあるラーメン・焼きそば・ハンバーガーの、あのやり方のレストランだ。
「もっと早くここに来てたらー」
「今夜しか食べられないなんてー」
韓国、マレーシア、インド、シンガポール、インドネシア、なんでも来いと言う顔をして、店が並んでいる。
「毎日ハンバーガーで夕食になんて、しなかったのに…」
メニューを見ながら考える。とりあえず、今夜は何を食べようか。
トレイを抱えて帰ってきたすずはらは、シンガポールメニュー。カレー味のインディア・ヌードルとサモサ。すずはらのインディア・ヌードルは、本格的なピリカラ味で、スパイスが舌にびんびん来る。
私はコリア・メニューを選んだ。プルコギ・セット(焼き肉定食)が美味しいよ、と店員の女の子に勧められたので、それと…真っ白なご飯。そしたらオマケ、と言って真っ赤なキムチをつけてくれた。ラッキー。お味の方は、この値段でなら申し分無し、特にキムチは辛いのに甘味があって、気がついたら全部食べてしまっていた。
インドネシアのお米は、思ったよりずっと癖がなくて、炒めご飯にしなくちゃ食べられない、と言うほどではなかった。食べていると、これはもしかしたらファミリーレストランのライスじゃないかなって感じがする。
ジャカルタ最後の日は、アクシデントもなく、良い一日であった。
※本日のレート※ \1=RP16.50(EMES MONEY CHANGER)
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