還らずの月-6

信じられないほど美しくきらびやかな華魁道中が、Aさんの前をよこぎってゆく。
「…何…何だあ、こりゃあ」
「華魁道中に決まってるだろ。いやぁ、さすが紫雲閣の牡丹太夫だ。綺麗だぁよ」
「あんた、知らないのかい?紫雲閣にさ、噂の本物のミカドがお越しになって、牡丹太夫に玉衣を着るお許しを下さったそうだよ」
「これから、あの不粋な軍隊を収めに参る所なんだってさ。あんたは運がいいよ、一生に一度、おがめるかどうか判らない、歓楽山の華魁道中だぜ」
「はぁあ…」
口をぽっかり開けて、Aさんは牡丹を眺めていた。

歓楽山の高くそびえる門の下に立つレギオンと神葉。
「剣はどれを?」
「夜光牙は預けたままじゃが、とりあえずはこれで何とか間に合うじゃろう。あとは、あやつらの獲物を借りるとするかの」
と、杖を肩口に上げて片目をつぶる神葉。
「わしら聖武将2人ならば、1万の軍などたいした人数ではないからな」
熱気が、風と砂ぼこりを吹き上げる。振り向く2人の前に、まるで黒い魚の群れのように並ぶ剣士達。
レギオンと神葉を前に、戦神宮の剣士がうさんくさげに話をする。
「こやつら、何者だ?」
「ただの流れ者とは思えんが…少なくとも並みの剣士ではないな」
「誰であろうと、帝都に反逆を企てた族には違いない!斬れ!」
この軍の指揮者らしい剣士が、そう怒鳴った。
「おぬしら、命を粗末にするでないぞ」
神葉が言う。
「まだ生きて、楽しみたい者は剣を収めるが良い。さすれば、故郷にも無事な姿で帰れるからのう」
「馬鹿な事を」
はなから馬鹿にしたように、指揮官が怒
鳴った。
「我等は、大僧正御自らお選びになった精鋭部隊。ただ一人になろうとも戦い抜くが使命。貴様等のような、どこの馬の骨ともつかぬ奴等を前に、逃げ出す者は、一人とておらぬわ!」
「やれやれ。説得は失敗か」
じろりと軍をにらむ神葉。
わぁっと時の声が上がり、二人の姿は戦いの中に消えた。
その上空を、還らずの丘から流れてきた餓鬼連が飛び回っている。
敵を切り裂く神葉の剣。爆烈するレギオンの一撃、吹き飛ぶ剣士達。

還らずの丘。ようやく収まったとはいえ、餓鬼連の襲撃は、ランをずいぶんと傷付けていた。少し足取りが鈍い。
「どうした。そろそろ疲れたか?」
「眠らせてやってもいいぞ」
あらぬ方向から声がする。バールが、いつの間にかランの後ろに立っていた。ランが剣を奮うと、水に写った姿のように消え失せる。
「ばかに…しやがって…!」
ランの息が上がっている。それを見ながら牙の2人は笑う。
「理不尽でも、負けは負け。さあ、どんなとどめが好きだ?」
「私の剣か。餓鬼連の餌食か。骨の一片のこらず餓鬼連にくれてやれば…」
ホウジュは、バールにしなだれかかる。
「誰もおまえの墓を作ることはできん。おもしろいかもしれんな」
「…!」
あの半顔野郎を何とかしないと、こっちが消耗するばっかりだ。けど…どうする?
ランは口惜しげな顔を二人に向けた。

累々と死体の並ぶ歓楽山の門の前。戦いのさなかである。
レギオンの剣が、一息に数人の剣士をなぎ倒す。神葉もまた、赤子の手をひねるかのように、軽くあしらっていた。
倒された剣士の上に、餓鬼連がおおいかぶさっているが、誰も気にするものはいなかった。
戦う2人の背後で、ゆっくりと街の門が開いてゆく。その音に気づいたレギオンが、剣を引いた。
「…神葉!」
「お、これは…!」
大きく開いた門の中には、牡丹が玉衣をまとって立っていた。その回りにも、正装をした女たちがかしづいている。
あっけにとられ、戦いは中断する。さすがに帝都軍の指揮官も、声が出ないようだった。その中を、するすると牡丹は歩いてくる。
神葉の前に来ると、そっとその手を取り、自分に引き寄せた。
「さぁ、お前様。私と一緒に帰りましょうぞ。そちらの剣士殿も、共に」
レギオンの手も取り、にっこりと微笑む。そして、軍隊の方へくるりと背を向け、その玉衣を見せつける。
「そ、その衣装は!」
指揮官が息を飲む。
「ミカドの玉衣!」
回りの者が、牡丹の代わりにしゃべる。
「左様じゃ。この玉衣を身につけた者、ミカドの御威光を拝借できることは、知っておろうな。よいか、歓楽山に手を触れる事、決してまかりならぬ!今すぐに帝都へ帰りゃ」
「何と言う暴挙を!やはり歓楽山はミカドに対して、反逆を試みるか!」
「黙りゃ!」
牡丹が振り向き、前へと進み出る。
「お前達が仕えるミカド、何者であるか確かめた事があるのか?本当にミカドにお仕えする者が誰か、今に判るわ」
「世迷い事をっ!」
かっとなった指揮官は、牡丹に向かって剣を振り上げた。
が、次の瞬間レギオンに真っ二つに切り裂かれて絶命する。
「帰れ」
レギオンが言った。
「お前達のいるべき場所へ、帰れ」

紫雲閣。返ってきた神葉に、牡丹がすがりついている。マツバやハリハラ、ワヤンも迎えに出てきていた。
「華魁道中とは、また大した事をやりおったな」
「ワヤンが、これを着て迎えにゆけば、誰にも傷付けられる事はないと言うて…」
「ほほう、そんな事をよくも知っておったのぉ。確かにミカドの玉衣には、その力があったようじゃの」
「やっぱり、ワヤンはミカドよね、ねっ」
マツバが嬉しそうに言う。
「僕、ただ、ランやレギオンが頑張ってるのに、僕だけ何にもできなくて…それで…」
「レギオン!そうか、思い出したぞ!」
ふいにハリハラが大声を上げた。
みんなの視線がハリハラに集まる。
「ここに来る前に、田舎町の宿で聞いたんだ。3人組の若い「草」が、あんたの噂をしてたぜ。なんでも…宝物を帝都のやんごとないお方に売ったって…」
「宝…?」
「雇い主に内緒でヤミ売りしたってんで、内輪もめしてたけどな」
「…帝都か…」
「やんごとないって、誰のことよ」
マツバが口を出す。
「そりゃあ、まあ、偉いお人だろうよ。神官とか、僧正とか、宰相とかさ。まさかミカドじゃねぇだろうけどさ」
「これから…帝都へ飛べるか?」
「何ぃ?」
「急いでいる。帝都の付近まででかまわない。戦神宮へ親帝軍が帰還する流れに混じれば、波動を追われることもなかろう」
ワヤンが驚いて叫ぶ。
「レギオン!ランはどうするの。まだ帰ってきてないのに!」
「…伊耶那岐がランを守るだろう。あれぐらいの相手に、負けるはずはない」
「だって、レギオン…」
ワヤンは心配そうな顔になる。
「騒ぎが大きくなりすぎた。とりあえず先陣は退散させたが、俺が居た事はすぐに戦神宮に知れる。ここに留まる限り、再び親帝軍は攻めてくるだろう。またここを戦場にする訳にはゆかん」
「レギオン」
と、神葉はレギオンを見る。
「もう、おぬしが時のはざまに身を隠すことはないようじゃな。行くがよい。歓楽山はわしの家じゃ。事が起これば、わしが守る。おぬしは自分の求めるものを、確かめにゆくがよい」
「神葉…」
「わしらとて、所詮は(人)なのじゃ」

還らずの丘。ホウジュが再び鈴を鳴らす。
ランは剣を斜めに走る。それにぴったりついてくるホウジュ。剣の柄にくくりつけた鈴が、高く鳴り響いている。
「並みの奴なら、とっくに命を食われて死んでいてもおかしくはないのにな」
「ホウジュ、そろそろ月が昇るぞ。鈴はもう使うな」
「指図するなと言った!」
バールの声に、ホウジュは激する。般若の面となったホウジュは、そのままランに襲いかかった。
ホウジュの激しい一撃。ランはそれを受けて、切りつけるが届かない。
「くそっ!剣が届きゃしねぇ!」
「おまえに私を傷付けるのは不可能」
ランの喉のあたりをホウジュの剣がかすめて、おもわずよけたランは、後ろへバランスを崩して転がる。
「もう、止めておけ。無駄な事は」
「苦しみが長引くだけ」
死神の白い手が近づく。
(何だよ!こんな終わり方、ねぇよ!まだ何もしてない。したい事を何も…まだ、いやだ!)
ランの叫びが届いたかのように、ホウジュの目の前で、ランの姿が消えた。
「!」
眉をしかめてホウジュ。
「まさか、他にこの技を使える者がいるのか?」
バールが驚く。
「飛燕座といえど、共に飛ばずに人を移らせることなど、他に出来るはずが…」
「捜せ、バール!逃がすものか!」
ホウジュが叫ぶ。

紫雲閣。マツバが奥から走ってきたかと思うと、青い顔で叫んだ。
「いない、どこにもワヤンがいないの」
「まさか。良く捜したのかよ」
「捜したわよ。でも、どこにもいないの」
「そんなはずは…これからミカドとして
立ってもらわねばならぬのに、いったいどこへゆかれたのじゃ」
「もしや…ランを追いかけて?」
「月が出ているのよ!餓鬼連がうろつき
回っているのに、帰ってこれなくなるわ!」

ワヤンとランが、折り重なるように倒れている。ワヤンが先に起き上がると、ランを揺さぶる。
「ラン、ランしっかり!」
「…ワヤン…かぁ?」
ランは頭を押さえながら体を起こした。
「…ってー…。くそ、まいったな。あの飛燕座の牙をなんとかしねぇと、にっちもさっちもいかねぇ」
ワヤン、決心した顔でランに言う。
「ラン、僕が何とかする」
「お前が?」
「うん、あのおじさんの真似すればいいんだ。まかしといて」
「おい、ワヤン無理すんなよ!」
「僕、飛燕座なんだもん。どんな技だって覚えてみせる」
ワヤンがきゅっと片手を握って見せ、一瞬にしてランの目の前から消えた。
「ワヤン!」

「軌跡を追う」
と、バールが飛んだ瞬間だった。バールが一瞬、波動を感じて身構えた時、ワヤンがバールの飛んだ空間に飛び込んできた。
「何っ!」