ランが怒鳴る。
「待たせやがって、てめぇら。決着つけにきたぜ!」
「あの男は居らぬのか?」
「かんけーねーだろ、レギオンは!」
「…拍子抜けだな。たった一人で来るとは命知らずめ」
「ふざけんな!」
ランは怒る。
「剣士の勝負に、助けがいるかよ。牙になると、んな事も忘れちまうのか?」
ランの煽りに、ホウジュは片目をひそめた。
「うるさい…」
ホウジュが立ち上がると、リーンと言う鈴の音が聞こえる。ホウジュは剣を抜き、ランに向けて構えた。
「やっと、やる気んなったか」
ランも、伊耶那岐を構えた。ホウジュの鈴が、不吉に鳴り続けている。
「いくぜ!」
ランが、地面を蹴って飛び出した。食い合う剣。火花が散る。もう一度切りつけようとした所で、ふっとホウジュの姿が消えた。
「!」
数メートル離れた場所に移動したホウジュが、ランが立つ岩を一撃で断ち切った。
「また、あいつか!」
跳び上がったランは、別の岩の上に着地する。ホウジュの脇に、バールが姿を現していた。
「こっの卑怯者がっ!」
「我等は牙。剣士の仁義など、とっくに捨てた。卑怯という言葉は、いまさら言うまでもない事。お前にとって剣は誇りだろうが、我等の剣は飯の種よ」
「正直者がバカを見る、か?。いっぺんうまくいったからって、いい気になんな!」
ランの伊耶那岐が嵐を起こす。波動が大地を砕き、煙が巻きあがった。
ランがいなくなったのも知らず、ワヤンは取り囲まれたままだった。
「ワヤン、お願いじゃ。ここにあるミカド御愛用の品がどれなのか、当ててみておくれ。そうすればそなたがミカドという証拠にもなる」
「い、や、だっ!」
「ワヤン…」
ワヤンは泣き出しそうな顔でもって、絶対に動こうとはしない。緊張がみなぎっている
「おう、なんだなんだこの人だかりはよぉ通れねぇじゃねぇか。ちょいとそこどいてくんねぇか」
その緊張を破って、にぎやかな声が外から聞こえる。
「紫雲閣の牡丹太夫はいるかい?妹御から頼まれて、飛燕座のハリ・ハラが来たって伝えてくれよ」
「ハリ・ハラ!」
牡丹がはじかれたように顔を上げる。人をかきわけてきた細身の男が開けっ広げな笑顔を浮かべていた。
「ハリ・ハラ、何事じゃ。おまえ、妹のカエデと所帯を持ったはいいが、しばらくは忙しくて連絡もおぼつかんと伝言をよこしたばかりではないか」
「俺が来るにはそれなりの理由があるん
さぁ、牡丹義姉さん」
ハリハラは、ぐるりを取り囲む野次馬たちに向かって怒鳴った。
「おい、おめぇらのんきに群れてんじゃ
ねぇぞ。戦神宮の軍勢が今、歓楽山に向かって飛んでくる最中だ!」
「何だと!」
「ひでぇ冗談言うんじゃねぇよ!」
「残念ながら、冗談じゃねぇよ。急いで家帰って雨戸を閉めな。すぐに奴等がやってくるぞ。戦神宮様には、お見通しだそうだ。反逆者狩りが始まるぞ!」
戦慄が走り抜けてゆく。
「どういう事かの、ハリ・ハラ」
牡丹がハリハラにつめ寄る。
「カエデは今、戦神宮にお勤めでさぁ。間に合って良かったぜ。牡丹義姉さん、あんた困った拾い物をしたねぇ」
「拾い物とは…まさか、ワヤンとランの事か…?」
「そう、そのそのランて小僧が、戦神宮のおたずね者なんだよな。んで、このちっちゃいのがミカドの立候補者って訳か」
「僕、ミカドじゃないよ!」
ワヤンが叫ぶ。
「事実なら、こうしている時間も惜しい。すぐにでもワヤンを隠さなければ…」
牡丹が青ざめる。
奥のほうからマツバの怒った声が聞こえてきた。ランを送った3人が帰ってくる。
「何考えてんのよランはっ!あんなぼろぼろの身体で出ていって、死め気なの?勝てっこないじゃない!なんで止めないのよ、神葉は!」
「これこれ、そう怒るな。ランには自信があるんじゃから」
「だって、ランにあんな目に合わせたの、そいつらなんでしょ、あたしは…ただ心配で…」
「マツバ!」
牡丹が声を上げる。
「ミカドの隠し部屋の扉を開けておくれ。ワヤンを、隠さねば…!」
「どう…したの…?」
あっけにとられるマツバ。
歓楽山。人々が我先に脱出しようとしているらしい。店は戸を閉めてしんばり棒をかませる。大騒ぎの中、中へ入れろ入れないの騒ぎもあちこちで巻き起こっている。
「入れろったら入れろ!」
「入れてほしけりゃ、ツケ払っとくれ」
「飛燕座はいないのか?金ならあるんだ、いくらでも出すぞ」
「いったい何でこんな事になったんだ?俺には関係ないぞ!」
「とにかく、軍が来ても黙ってやりすごすんだ。それしかないね」
「逃げた方がいい、どうせ戦神宮は歓楽山をゴミ捨て場ぐらいにしか考えてない。何されるかわかんねぇぞ」
「んなこと言ったって、どこへ逃げようってんだ。前は荒れ野、後ろは還らずの丘だ。生きて帰っちゃこれねぇよ」
大騒ぎになっている歓楽山の町。
「さあ、こちらへ!隠れ場所がここに」
牡丹に手を引かれて、ワヤンは紫雲閣の奥のほうへと連れていかれる。
「まってよ!まって…僕らを追いかけてきたんなら、僕らがいなくなれば…戦神宮もここにこないんだろ。だったら…」
「ぼうず、まぁそりゃそうだが、あんだけの人数が通った空道を、おまえ飛びたいか?」
ハリハラはワヤンをからかうように言う。
「俺ぁやだね。しばらく道が落ち着くまでは、いくら金もらったって飛びたかない。命あってのものだねでぇ」
「う…」
ワヤンはくちごもった。
「心配せずともよい。ここにはミカドの御愛用の品に、玉衣があるゆえ、戦神宮の剣士といえども入ってはこられぬ」
といいながら、牡丹は片手を上げて隠し扉を開いた。内側へと観音開きになった隠し部屋の中央に、ミカドの玉衣が燦然と輝いている。
「…こ、れ…」
ワヤンは思わず声を上げた。
「…本物だな」
思わずレギオンも呟くほどの輝かしい玉衣であった。
「半日もしねぇうちに奴等、歓楽山にやってきちまうぜ。どうすっかな」
「ハリハラとやら、軍の人数はいくらぐらいかのう」
神葉がハリハラに訪ねる。
「まぁ、ざっと見積って1万!てなとこかどうする気だよ、じいさん」
神葉はあごひげを指でしごきながら考える。
「ほほう、たかが1万とな。かなり急いで軍を仕立てたと見える。その数なら、年寄りの冷水でもないかの、レギオン。おぬしも腕がさびてはおらんか、わしに見せてはくれぬか?」
「…レギオン?」
いぶかしげな顔をするハリハラ。
「そうだな」
「俺も多人数は1世紀ぶりだ。勘が戻るかもしれん」
「レギオン…レギ・オン…ねぇ…」
話し合っている神葉とレギオンの横で、ハリハラは何かを思い出そうと必死になっている。
「何を言うておるのじゃ。まさか、戦神宮の軍と剣を交えるつもりではなかろうな!」
牡丹が、青い顔で言い、マツバが続ける。
「嘘!かなう訳ないわよ。やめて、神葉、レギオン!」
「おお、心配するでない、牡丹」
神葉は牡丹の手を取り、なだめる。
「愛しいお前を残していったりはせんよ。こんなじじいを、可愛いと言ってくれたお前だものなぁ」
「レギオン!」
ワヤンがレギオンにすがる。
「僕、どうしたらいいの?ランもレギオンも行っちゃったら、僕は…」
レギオンはワヤンの頭に手を置く。
「もう、お前は赤ん坊ではない。自分の足で立って歩き、この頭で考えられる。どうしていくかは自分で考えてゆけよ」
「レギオンてぇのは…どっかで…聞いたはすだが…」
まだハリハラは考えている。レギオンと神葉は共に紫雲閣を立ち去ってゆく。
残された紫雲閣の中で泣き声が上がり、牡丹が泣き崩れた。
「いつか、こんな日が来るのではないかと恐れていたのじゃ。あの方が常人ではないことは、私もうすうす気づいておったゆえ。だが、まだ早い、早すぎる…」
「華魁…」
「私がばばになる日まで、待っておると誓うたのに、あの方は行ってしまわれる」
マツバが、牡丹に寄り添う。
ワヤンは、ただ一人残されて、茫然とたたずむだけだった。
「ラン、レギオン…」
振り向くと、ミカドの玉衣がワヤンの目に入った。ワヤンは、何かを決意するような顔付きになる。
「僕、考えるよ」
ホウジュは、自分の髪を縛っている鈴をはずし、手に持った。
「何だ?」
ランは、片目を少し細めてホウジュの行動を見つめている。と、ホウジュはゆっくりとその鈴を鳴らし始めた。
軽い鈴の音が響いていく。
「鈴が、何の役に立つってんだ!」
ランはしびれを切らして、ホウジュに向
かって走り出した。と、今まで静かだった餓鬼連が地面からゆるゆると沸き立ち、実態化し始める。
「こいつら…!」
ランは、餓鬼連を切り捨てるが、その全てが自分に向かって襲い掛かってきた。
こいつら、俺ばかりにたかってきやがる…!
「てめぇの仕業か?!」
にっとホウジュは笑った。
「還らずの丘で死んだ千人の子供の骨を焼きこんだ、嘆きの鈴。お前など餓鬼連にでも食われてしまうがいい」
「…の、野郎!」
追いすがってくる餓鬼連を、ランはふりほどいて切りつける。
「鈴の音は、母を呼ぶ赤子の声、途絶えた息。還らずの丘に打ち捨てられた子供等の怨みが、これを鳴らすのだ」
ランの目の前で、餓鬼連だったものが姿を変えた。それは陰欝な目をした、女だったものの成れの果て。か細い腕がランの喉に絡みつき、高い叫び声を上げる。
「離せ!てめぇらっ!」
ひきむしり、いくら振り払ってもランにまとわりついてくるそれは、追いすがる魍魎であった。鈴の音がいんいんと響いている。
「声を食え、息を食え。そして力を貯えた肉を食らえ、餓鬼連ども」
ホウジュは、大きく鈴を鳴らした。膨れ上がった餓鬼連が、ランに襲いかかる。
「闇がお前を呼んでいるぞ」
ホウジュの嬉しそうな顔。ランは餓鬼連に喉を押さえられ、息ができない。
その時、遠くから爆発音が轟いた。ホウ
ジュとバールは咄嗟に意識を引かれ、そちらを振り向く。
「何事だ?」
「餓鬼連どもが…!」
餓鬼連の動きが変わった。ランにまとわりついていた餓鬼連が手を離し、あたりの大地から、鈴の音に係わりなく餓鬼連が次々に立ち現れる。
「どこかで人死にが出るな…」
バールがつぶやいた。
声を上げ、流れてゆく餓鬼連の中で、ランはようやく自分を取り戻す。
「くそ…餓鬼使いなんて、はじめて見たぜろくな奴じゃねぇな…」
──餓鬼連は全て以前「人」であった者達その執着が浄化を妨げ、転生することもかなわない。その大地が砕け散る時まで、永遠に肉を食み、死者を捕らえては引き込む───
「餓鬼連は私の親のようなもの。私には奴等の肉芽と死肉の蒼い血が流れている。餓鬼連が私の意思に従うのは、そのため」
「てめぇも、死んでるってのか!」
ランは気味が悪いと思いながら叫ぶ。
「そう…かもしれん」
にい、とホウジュが笑った。
「還らずの丘は私の故郷…ここで生まれるのはただ、餓鬼連のみ…ならば、私は死人だろうな」
「…く…」
じりっとランはあとずさる。あまりランはこういう物には強くない。
それをどこからか見ているバール。指が自分の金属の半顔に触れる。
「まるで水を得た魚のようだな、ホウジュ。ここが故郷か、お前の…」
ホウジュとバールの寝物語。還らずの丘での秘め事のあと、ホウジュが語った。
(幼い頃は、女として育った。母は生まれた男子を捨てきれず、娘と偽って育てたのだ。だがいつかしらそれは発覚し、親子は還らずの丘へと追われた。そして飲む物も食らう物もない地獄野ゆえ母は…。我が身を与えてくれたのだ)
回想…「さあ、お飲み…ここにはこれしかないからねぇ…」手首を切って流れる血潮を子供になめさせている女郎の姿。
「目をくりぬいて赤子を育てた龍の話があってねぇ…おまえもお腹が空いたろう…お食べ…」
シルエットで、何か物を食べている子供の姿と、横たわる細い女。
「今はお前に何もかもあげるよ。そして大人になったら…あげたものを私に返しておくれ…そしたら二人で成仏しような…」
(私はそれから幾度も死を求めたが、この身を作った母の肉が、決して私を許してはくれぬ。自分ですらも、命を絶つ事はできん)
(だから、私は死を与えるものになった。常にそれを感じ、そばにいたい。最も身近に死を置きたい…いつか、母が私を取りにくる日まで…)
歓楽山の町中を、街人Aさんが逃げだしてゆく。荷物をつめた風呂敷を背中にしょっていた。
「こんな所にいられるかよ。森の中にでも隠れるか。全く運の悪いこっちゃ」
ばたばたと路地を駆け出してきたAさん、大通りに出ようとして、人々が立ちはだかっているのにでくわした。
「何だよ、どいてくれ、俺は急いでんだ」
ぐいぐいと人をかきわけて前に出た彼の見たものは!?